04



「あぁああぁあああああ――!!!」


…建物内に響く、つんざくような叫び声。「ついに始まったか…」と苦虫を嚙み潰したような表情で呟き、ジャンは頭を抱えた。

数日前まで滞在していた山小屋より一回り狭い空間。ダイニングテーブルの前、アルミン、ジャン、サシャが横並びに、そしてアルミンの前にエレン、その横にコニー、ヒストリアが腰掛け、ミカサは自分と同じように立っている。
地下から叫びが聞こえたと同時に、全員の顔に浮かぶ困惑と漂い始めた嫌悪感。不快なBGMは絶えず空間を支配し続け、鉛のように空気が重くなっていく。


「まったくよぉ…俺は巨人と殺しあってるつもりだったんだが、いつの間に敵が何なのかわかんなくなっちまってる…なぜ俺たちはこんなことに手を染めてんだ?」


中央憲兵の手下であったリーブス商会をスパイとして招き入れた調査兵団。その後リヴァイ班はハンジ班と合流。エルヴィンはそこにはいなかったものの、即座に次の行動に打って出た。

"エレンとヒストリアを捕らえた"と中央第一憲兵にリーブス商会が報告。正式な引き渡しは二日後の夜に決まったが、まずは本人確認をと、トロスト区に在中していた"例の二人"が即座に反応。何の疑いもなくリーブス商会が誘うままに、山奥の小屋へと足を踏み入れてくれた。


「しょうがねえだろ…オレたちはクーデターやってんだよ…あの時の…団長の計画通りにな…まだこんなもんじゃ済まねえよ…多分…」


目には、目を。歯には、歯を。拷問には、拷問を――。

第一憲兵の例の二人―サネスとラルフ。ニックを拷問殺害した張本人達だ。
ニックにどこまで喋ったかを聞き出そうとしたということは、イコール、彼らも全てを知っているということ。王政から聞き出すのが困難ならば、それらの忠実な僕(シモベ)である"犬"たちから話を炙り出そうという魂胆だ。
公には王家との繋がりは浅いとされ、どこの田舎にもある貴族家の一つ、レイス家。そんな一家系に何故、壁の中の巨人やらを公表する権限があるのか。ウォール教を使って民間から壁を遠ざけているのもレイス家の意志なのか。知っていることを全て吐かせるまで、この拷問―サネスの悲鳴は終わらない。


「私たちって…もう反逆者なんですね。失敗したらどうなりますか?」

「そら吊るされるんだろ…広場とかで」

「100年以上続いてる体制を変えようっていうんだからね…。前例はないけど…民衆を味方にすることに力を注ぐのはどうだろう…度重なる巨人の襲撃によるこの混乱状態を利用するんだ。それを王政の責任に添加して民衆を煽ることができれば…うまく行くかもしれない。ただその場合は民衆にも銃が向けられて、様々な悲劇を生むことになるだろうけど…人類全体のことを思えばそれも仕方ないのかも…何か象徴的な事件でもでっちあげてそのすべてを王政か憲兵がやったことに仕向ければいい。そこで調査兵団が救世主のように登場し、民衆の味方は調査兵団しかないと強く印象付ければいい。きっと民衆は騙されやすくて、」


そこで突然、机の木目に視線を落としながらマシンガンのように話ていたアルミンが顔をあげた。皆の顔が引き攣っているのに気が付いたようだ。


「なんちゃってね…」

「お前…あの変態に嬲られて汚れちまったな…」

「いやアルミンが陰湿で姑息なこと考えるのが得意なのは昔からだ」

「私はそんな子に育てた覚えはない」


会話の意味は分からなかったが、ルピはただ黙って彼らの話を聞いていた。クーデターを起こすことの意味、民衆だの王政だのなんだのは、彼らの方が詳しいだろうから。


「でも…僕らはもう犯罪者だよ。今相手にしている敵は僕らを食べようとしてくるから殺すわけじゃない。考え方が違うから敵なんだ。もしくは所属が違うってだけかもしれない…この先そんな理由で…人の命を奪うことになるかもしれない」


僕らはもう"良い人"じゃないよ。アルミンの声が冷たく響いた、その時。地下から上がってきたニファが白い紙を手に、そそくさと建物から出ていき、次いでモブリット、ケイジが顔を出した。
「もう終わったよ、後は団長の指示を待とう」そう言ってモブリットもケイジも、建物内から出ていく。外の空気でも吸いにいったのだろうか。二人の顔色は優れなかった。拷問を誰がしていたかは定かではないが、その場にいるだけでもあの声をダイレクトに耳に入れるのはかなりしんどいと思われる。

いつの間にか聞こえなくなっていた叫び。エルヴィンの指示待ちにまでいったということは、サネスは自身の握っている秘密を白状したのだろうか。流石に殺すまではいっていないだろうが、彼は今どういう心境なのだろう。ニックの気持ちが―痛みが、分かったのだろうか。

ハンジとリヴァイも地下から上がって来、リヴァイは即座にキッチンで手を洗っていた。
その様子を眺めながらも、誰も結果を聞こうとはせず、地下にも行こうとしなかった。




――翌朝


「早速だがエルヴィンの伝言を聞かせてくれ」


夜通し馬を走らせていたニファが帰還した。
地下にてサネスらの様子を伺った後エレンと会話したハンジは「急ぎエルヴィンに相談することがある」と、ニファの到着を待たずに行ってしまった為、ここにはいない(ちなみにモブリットもいない)。
そして、一旦別行動を取っていたディモが、息子―フレーゲルを連れてやってきている。あまり事の大きさを理解していないのか、当の本人はどこかヘラヘラしている。頭の切れるディモとは正反対のようだ。


「…では、ヒストリアをどうやって女王に即位させるかの件に関してですが…」

「え?」


皆が上ずった声をあげ、ぽかんとしている。正直ルピもそれには驚かされた。それもそう、サネスへの拷問が終わった後もリヴァイと彼ら―もとい自分も、レイス家の秘密について会話することは殆どなかった。単にリヴァイは忘れていたのかもしれない。言ってなかったんですか、と言わんばかりに見てくるニファに顔一つ向けず、改めて「現在のフリッツ王家は本物の王家の代理みたいなもんで、その本物の王家はレイス家だ」と言った。皆のぽかんとした顔が次第に引き攣っていく。


「…ヒストリアを女王に即位させると聞こえましたが…それがこの革命の主目的ということでしょうか」

「その通りだ。ヒストリア、感想を言え」


いつもそう、肝心な目的は団員には知らされない。任務遂行中に迷いを生じさせないためか、ただ単に必要ない情報だと判断されるからかは分からない。
感想を言えと言われた彼女はずっと目を見開いたまま、唇を少し振るわせながら、しかし懸命に声を絞った。「私には、できない」と。


「だろうな。突然この世の人類の中の最高権力者になれと言われ「はいいいですよ」と即答できるような神経をしている奴は、そんなに多くはないだろうな。…だが…そんなことはどうでもいい。やれ」

「…私には…とても務まりません」

「イヤか?」

「私には…とても…」

「わかった、じゃあ逃げろ」


ヒストリアに詰め寄り、その胸倉を両手で掴んで持ち上げるリヴァイ。リヴァイの力でヒストリアの軽い体はいとも簡単に宙に浮いた。


「リヴァイ兵長!?」

「俺達から全力で逃げろ。俺達も全力でお前を捕まえて、あらゆる手段を使ってお前を従わせる。…どうもこれがお前の運命らしい。それがイヤなら戦え。俺を倒してみろ」


言い終わってリヴァイは、パッとそのまま手を離した。ドンっと床に落ちたヒストリアは必死に呼吸を整えようとし、アルミンとサシャがその背に手を添える。
なんと傲慢で横柄なやり方だろうと、誰もがそう思っただろう。リヴァイはそういう人物だと昔から知っていたが、自分たちの同期に―しかも女性にそんなことをするなんて、と。

しかし、そんな表情を向けられていることは百も承知。リヴァイは淡々と語り始める。
明日も今日と同じようにご飯が食べれる。明日もベッドで十分な睡眠が取れる。明日も仲間と楽しく過ごすことが出来る。そんな保証はどこにもない。ここ数日ない巨人の襲撃が、あの地獄が始まるのが明日からでない根拠なんてどこにもない。だから、保証の無い毎日に保証をつけようともがいているのに、邪魔をしてくる奴らがいる。…そんな奴らを皆殺しにする異常者の役を俺は買って出ていい。巨人に食われる地獄より人が殺しあう地獄を選ぶ。少なくとも人類全員が参加する必要はないからな、と。


「俺達がこの世界の実権を握ることができたのなら、死ぬ予定だった奴がだいぶ死ななくて済むらしい…結構なことじゃねえか…全てお前次第だヒストリア。従うか、戦うか。どっちでもいいから選べ…ただし、時間がねえから今すぐ決めろ!」

「やります!私の…次の役は女王ですね…?やります、任せてください」


最後の恫喝のような問いに、ヒストリアは負けじと声を張り上げた。それは意気込みではなく、否応なく。
Yesをもらえたなら、それでいい。先程胸倉を掴んで持ち上げた手を差し出し、次には握手を求めるそれは、まるでパワーハラスメント。相も変わらず…いや、先程より一層に嫌悪感が顔に出ているのは、サシャ、コニー、ジャンの三人。


「頼んだぞ、ヒストリア」

「はい」

「……ニファ、話を進めてくれ」

「はい…では団長からの作戦司令を伝えます」


作戦は、リーブス商会から第一憲兵へのエレンとヒストリアの引き渡しの日とされている今夜、決行される。第一憲兵は移動ルートから停留施設の選定までリーブス商会に託してきているため、これを利用しない手はない。第一憲兵に引き渡した後、リーブス商会を通じてその終着点まで尾行。…その終着点が意味するのは、


――ロッド・レイス


ヒストリアの実父にして、この壁の中の実質的最高指導者。上級役人からフリッツ王家まで全て彼の指揮下にあると、情報をくれたのはサネスだった。

ロッドの身柄を確保すれば、そこでようやく対話が実現する。なぜ我々が争う必要があるのか、巨人により同じ脅威にさらされる者同士が何故一丸となって助け合えないのか。
しかしそれらは全て、我々調査兵団が無知だからこそある世界観。市井の人々を見捨て、壁外への進出を拒み、技術の発展を阻止し続ける。その行為に納得しうる意味があるのなら…退き全てを失うのは、調査兵団になるというリスクがあることもエルヴィンは承知している。
だが、調査兵団が勝ち取るべき目標は、現体制の転換である。民衆の前で仮初の王から真の女王に王冠を譲ってもらい、これまでの体制は嘘であると民衆の前で認めさせ、そこに新たな光を見せされすれば。…調査兵団はまた、進むことができる。ウォール・マリアにぽっかり空いた穴を、塞ごうとすることができるのだ、と。


「……——」


ニファの声が終わっても、誰も、何も発さなかった。

明らかに表情の異なる、2つの班がそこにはあった。人の命を奪うことになるかもしれない。…そう、どちらかと言えば、現時点での問題点は全てそこにあると言っても過言ではない。冒頭でジャンが言ったとおり、巨人との殺し合いのみに注力していた調査兵団が、今度は人間の首を削ぐことになるのかもしれないのだ。
…これが、どれだけ人としての倫理観と道徳心を傷つけることになるのか、この場にいる人間には図ろうとしてもはかりきれないだろう。

ヒストリアの件で、リヴァイに対する排斥感が生まれ始めているのもよくわかる。この人とはやっていけそうにない。ともすれば、この作戦には加担したくないと、躊躇する子がいてもおかしくはない。

…自分は、どうだろう。その時になったら、人を殺めることが出来るのだろうか。それがリヴァイの命なら、躊躇わず殺せるだろうか。
…ドクリ、ドクリ。現実味を帯びて来た、人を殺めるという行為。ルピはグッと息を呑んだ。



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