09




…夜も更けた頃。リヴァイはこっそり馬舎の様子を見に行っていた。

訓練をする日は必ずルピと終始一緒にいた。離れたといったら会議に参加したりエルヴィンに呼び出された時くらいであって、こんなにも長い間(とはいっても数時間だが)ルピと離れたことは無い。…だからってそれがどうとかいう話でもないのだが、突然なくなった左隣の影が虚しく思えたのかもしれない。


「……」


静けさに包まれたその場で自分の足音はやたら大きく聞こえた。耳のいい、加えて自分の足音を覚えている彼女はきっとすぐに気付いてしまうだろう。

ルピは笑わない。微笑みすらもしない。…それは自分も同じかもしれないが、それでも彼女の表情はどちらかと言えば無表情で、曇りを見せる事はあるものの晴れ間を見せた事は今まで無かった。それは訓練の最中でも同じで、どんな過酷なものでも苦しいだとか、つらいという表情も無いに等しかった。

リヴァイは足音を殺していた。少し驚かしてやろうと思っていたかと聞かれれば、定かではない。それでも彼女はもうこの日は誰も現れないと思っているだろう。
あれからどれくらいの日数がたったかなんて数えてはないが、そろそろ彼女の無表情にも飽きてきた、だなんて。


「……」


馬舎の灯りは全てつきっぱなしだったが、物音といえば馬が動いて牧草が擦れる音やその鼻息くらいで、人が何かをしているといったものは聞こえてこなかった。…本当にここで寝ているのかなんて今更な一驚を思って直後、それはリヴァイの目に飛び込んできた。

一頭の馬の腹の近くで、小さく丸まってそれは寝ていた。傍から見ればまさにそれは親馬に寄り添う仔馬のごとく。まさかそこで寝ているなんて思いもよらないが、…そうして添い寝出来るようになったという事は上手く打ち解け合ったということだろうか。


「……ったく、そんなとこで寝てたら踏み殺されるぞ」


なんて。とんだ笑い話になるだろう。リヴァイは少々呆れたような溜息を吐きながら、そっとそこへ近づいた。
刹那その馬が顔を上げる。邪魔して悪いな、と一言詫びて、リヴァイはその腕にルピを抱えた。…よほど疲れているのだろう、ルピがその最中起きる事は無かった。

そうしてリヴァイはルピを積み上げられてあった牧草の上に乗せた。このまま連れて帰ってもいいのだが、それだとルピの意向に叛く事になる。彼女が自分でここにいると決めた以上、リヴァイがそれをとやかくは言えないし手を出してはいけないと思っていた。


「……、」


置いてあった毛布をそっとかけ、一つその頭を撫ぜるとリヴァイはそっとその場を後にした。




 ===




――次の日


「――……っ!」


ドテッ


騒がしさに目を覚まして刹那寝返りを打ったルピはしかし、自分が寝ていた場所と違う事に気付いたが時既に遅しでそこから落ちた。
スッキリした目覚めは痛みと共にやってきて、打った腕を擦りながら体を起こす。振り返ってそれを見ればそれほどまでに高い場所では無かったけれど、不意を突かれた分、打ったところはかなり痛い。


「…?」


どうして自分はここにいるのだろうなんて、考えてみても思い浮かぶ節にその過程は無い。自分と一緒に落ちたであろう毛布だってそうだ。…誰か、昨日ここへ来たのだろうか。


ヒヒーーーンッ


その時。一頭のお馬様に呼ばれた。昨夜隣で添い寝させて頂いた方だった。


「…おはよう、ございます」


ルピの声に、それはまた高く鳴いて返事をくれた。


 ===


早朝。そういやアイツ晩飯食ってないんじゃないかなんて今更な気遣いはさておいて、リヴァイはまたその場所へ向かっていた。

昨日と打って変わって馬の鳴き声が騒がしく響いていて、うるせぇだなんて理不尽な事を思いつつ近づくと、そこには。


「…あ、リヴァイさん」

「……」

「おはようございます」

「…あぁ、」


馬と仲良く触れ合う、ルピの姿があった。


「…認めてもらえたようだな」


昨日までの馬の態度が嘘かのような光景がそこには広がっていた。…今度兵士が馬と上手くいかなくて(シャレではない)悩んでいる時には一夜を共に過ごすことを勧めようと思う。


「……"誤解"が、解けたみたいで」


よかったです。…"誤解"って何の事だとリヴァイは問いたかったが、出来なかった。


「…っ」


その時ルピの顔に、初めて笑みを見た気がした。



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