05



その後、作戦の詳細が決まった。

山小屋からさらに十数キロ行った先にある小さな洞窟、今は使われていない採石場跡地にエレンとヒストリアは拉致されていることになっている。そこに第一憲兵達が迎えにやってくるのが18時。
午後にはエレンとヒストリアをリーブス商会に預け、それらの行く先はルピだけが尾行。戦闘を考慮し、ハンジ班からモブリット以外がリヴァイ班に編成。リヴァイ班は先回りしストヘス区の停留施設付近にて待機。
エレンとヒストリアを奪われた調査兵団が何かしらの行動に出ていることは向こうもわかっている筈だ、見つかれば戦闘は避けられないだろう。だが、あくまで目標は最終地点のロッド・レイス。戦闘をしなくていいならそれに越したことはない。ストヘス区でも身を出来るだけ隠し、事を荒立てないように慎重に行動すべきだとリヴァイは言った。


「…道中、リーブス商会に何かあったとしても、お前の優先はエレンとヒストリアの尾行だ。いいな」

「わかりました」

「それと…ロッド・レイスの場所が割れるまでルヴは禁止だ。…それが見つかったことによってエレンとヒストリアが"どうでも良くなる"可能性があるからな」

「…、わかりました」


エルヴィンの言葉を思い出す。王政はルヴについても何か秘密を握っているかもしれない。イコール、壁内の秘密を全て握っているレイス家ならば、ルヴについても何か知っている可能性がある。"あの小父さん"に会えば、調査兵団の命運だけでなく、自分の存在意義が明確になるかもしれないのだ。絶対に尾行に気づかれてはいけないし、何があってもエレンとヒストリアを小父さんのところまで届けなければならない。——自分の、為にも。

またお前にばかり大役を任せてすまないが、とリヴァイは言い、己の髪をくしゃりと撫ぜる。…あれから数日、たった数日だが、何もしない日を過ごすのも貴重だったな、と今なら思えた。
これからまたひと騒動。巨人相手とはまた別のプレッシャーを感じながら、一足先に山小屋を後にするリヴァイ達の姿が見えなくなるまで見送った。


===


リヴァイ達を見送って後。ルピはエレンとヒストリアを連れたリーブス商会(会長、フレーゲル、従業員のダン、ジム)とは別行動で採石場跡地へと向かった。二日間ここに縛っておいた体(テイ)にしてあるため、外には簡易なテントを立てたり、焚火を炊いたり、今来たのではありません、という演出をセッティングする。

ディモは特に、自分について何も聞いてこなかった。ルピが尾行役になるとリヴァイが言った際には「こんな子どもが?」とは言われたが、リヴァイが俺の次に優秀な奴とだけ言えば、納得したらしい。フレーゲルは「人が足りなさ過ぎて猫…いや子どもの手も借りたいってことか…」と何やらブツブツ言っていた。まあ、聞かれたとしても何も答えられないからそれはそれで良いのだが。

約束の時間1時間前にはルピはリーブス商会から離れ、洞窟入口付近が良く見える木の上で待機していた。いつまでもその輪に入っていてはいけない。どこから見られているかも分からないし、それらが時間ピッタリにくるとも限らない。集合場所や時間などの情報が外部に漏れていないと考えるのは素人だ。ありとあらゆることを想定し、敵の目を欺くために時間を早めてくる可能性は大いにある。…とこれまたリヴァイの言葉である。

ダンがテント前で焚火に薪をくべ、ジムは反対側で壁にもたれてそれをじっと見ている。ルピもパチパチとなる音を聴きながら、他の音が発現しないか注力する。

すると、フレーゲルが洞窟から出てきた。こちらに向かって歩いて来、何か用があるのかと思えば「小便するから見るなよ」とだけ言って森の奥へと消えていく。
…しょんべんとは何ぞや、と思いながらその背を見送っていた、その時。ルピは小さいながらも馬の駆ける音を捕らえた。


「……」


…随分早めのご到着だなと、空の明るさをチラリと見上げる。やってきたのは計2台の馬車。1台は今までに見たことないキャビンだった。高さは無く、かなり長細い形をしている。一体何を運ぶ用のものなのかとまじまじと眺めている時、もう一台の馬車、そこから降りてきた人物を見た瞬間、


「…!!?」


ルピは、ゾワリと何かが身体を這うのを感じた。


「リーブスはどこだ?」


憲兵は杜撰、壁の真ん中にいるため、戦闘経験もほぼない。現にトロスト区南西でのライナー達巨人との戦いに放り出された兵達は何も出来ずに巨人に食べられて死んでしまった。中央第一憲兵なんて特にそんな奴らだと、誰かが言っていた記憶がある。サネスとラルフを見れば確かにと思った程だ。一般市民を相手に、その銃を突きつけるだけでその場を凌いできたような連中だとばかり思っていた。
…だが、その長身の男は、今まで見てきた憲兵—いや、経験豊富な調査兵団の兵士と比べても、雰囲気が全然違う。臭いで分かる。

——あの男は、危険だ、と。


「はっ、こちらです!」


ジムが洞窟の中へ長身の男を誘導し、そして長身の男の部下だろうか、数名も中に入って行く。あれらが中央第一憲兵。…本当に、憲兵団としての人間だろうかと、己の緊張感が徐々に増していく。


「…あの馬車は?」

「俺たちが乗ってきたもんに決まっているだろ?」

「ガキ共を運ぶ用に俺らに用意させた品はどうするつもりで?」

「山道を行くんだ、これの方がいい。…そうやって買わせるつもりだろリーブス。まったく商人ってのは信用ならねえなあ…」


数十秒程して、ディモと長身の男が出て来、話しながら森の奥へと入って行った。今後についての話し合いだろうか。
ディモが疑いなく会話をしているということは、憲兵の人間で間違いないということにはなるが、…どうも胸のざわつきが晴れ切らない。

消えていく背を見つめながらグルグルと思考を巡らせながら、ルピが洞窟入口を振り返った、—その時。
焚火に薪をくべていたダンに一人の男が近づいたと思った瞬間。音もなく、ダンは喉を搔っ切られた。


「っ…!!」


崩れ落ちるダンの身体。刹那、白いマントを羽織った女が、エレンとヒストリアをそれぞれ担いだ男達が洞窟から出てきた。作戦時の説明どおり、両手両足を縛られ、口には枷がされているが、追加のオプションか目隠しまでされている。彼らと共に入っていったジムが一行に姿を現さないということは、ダン同様、既に中で殺されてしまっていると考えるのが妥当だろう。
…想定内だが、想定外すぎる出来事に、しかしルピは黙って見ているに留めた。この作戦の目的はロッド・レイスに辿り着くこと。リーブス商会に何があっても、エレンとヒストリアの尾行が優先という言いつけは守らなければならない。


「慎重に入れろよ——」


傷を付けたら終わりだぞと言いながら、棺のような箱に二人を仕舞っていく男達。この馬車は、棺を運ぶため専用の馬車なのかとそこで知る。それに、用意周到だなと思った。ただ馬車に乗せるだけでなく、二重に隠して運ぶということ。これなら堂々と街中を走ることが出来る。誰も棺の中に生きた人間が入っているとは思わないだろう。


「……」


暫くして、白いマントの女が森へと入って行った。長身の男を呼びに行ったのだと思われる。
…ディモとフレーゲルは無事だろうか。まだここを発つことはないだろうと踏んで、ルピは気づかれないようそっと森の奥へと入った。




「——やはり二人とも、複数の刃を仕込んでいました」


ルピがその姿を捕らえた時には、ディモは長身の男の足元でうつ伏せで倒れていて、ピクリとも動かない。…やはり、生かしておいてはくれなかった。
近くにフレーゲルの臭いはあるものの姿は見えない、生きているか死んでいるかは分からない。


「だと思ったぜまったく…商会の連中は全員死んだか?」

「はい、"三人"で全員のようです」

「リーブス…可哀想に…調査兵団に殺されちまったな」

「はい、かわいそうですよね」


——今、何と言った。調査兵団に、殺されてしまった…?
何故調査兵団がディモを殺さなければならない。…いや、第三者から見れば、それが普通の思考か。エレンとヒストリアを拉致された腹いせにと言われれば、それほど疑念は湧いてこないのかもしれない。この集団はリーブス商会の会長を殺した罪を、調査兵団に擦り付けようとしている。何故?…いや、そんなの、決まっている。エレンとヒストリアはもう手に入った。エレンを匿っていた調査兵団など、壁の外を知ろうとする集団など、用済みということだ。

長身の男の「全員死んだか」の問いに、女は三人と言った。ダン、ジム、ディモの三人ということは、フレーゲルは見つかっていなくて、生きているということになる。近くで身を潜めているのだろう。
それに少しだけ安堵し、二人の背が見えなくなってから、フレーゲルを探そうとした、その時。


「っ親父…!!親父…っ!!」


すぐ近くの木の裏から、姿を現したフレーゲル。声にならない声で父を呼ぶその顔はぐちゃぐちゃ、身体も少し震えている。無理もない、目の前で父親を殺されたのだ。その心情は計り知れないけれど、


「…会長のことは残念ですが…私は馬車を追わなければなりません。このまま暫く身を隠していてください。見つかったら即殺されます」


あの人たちは、危険です。そうとしか気遣う余裕は無かった。相手が、相手過ぎる。馬車がリーブス商会の指定場所に行くのかもこうなっては分からない。停留位置を特定だけして、早めにリヴァイ達に知らせなければ。

どうかご無事で。祈りだけを置いて、ルピはフレーゲルに背を向けた。



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