06



——あの後
馬車はストヘス区のとある宿の前で止まった。棺を降ろし、全員がその中に入っていくのも確認。棺までわざわざ中に入れるということは、そこで一泊するのは確実だと思われる。やはり、リーブス商会が指定した停留施設に微塵も寄ることは無かった。

ルピはすぐに停留施設付近にいるリヴァイ達に伝達に回り、そのままリヴァイ班は施設内に身を潜めた。


「そんな…まさか…」


ルピは全てを話した。奴らは予定時刻より大幅に早く来た事。エレンとヒストリアは棺に入れられて運ばれている事。隠しておいた刃物—エレンの身が危ぶまれた時に巨人化するための手段は全て回収されている事。リーブス商会三人が喉を掻っ切られて殺された事。その罪を調査兵団に擦り付けようとしている事。そして、…その連中の異常性を。


「もしあの人たちを殺すことが許されていたとしても、あの場で私一人では無理だったと思います」

「…!」


ルピのその言葉に、誰しもが息を飲む。あのルピさんが、と誰かがポツリと言った気もした。
もしも相手がただの憲兵だったなら、一人でなんとかできたかもしれない。銃は確かに厄介だが、それらが撃つ前に行動すれば何とかなると単純に思っていた。
でも、野生の感が言っている。…あの連中—あの長身の男に一人で立ち向かうには、相当な覚悟が必要だと。


「……」


その話を聞いて、リヴァイは妙だ、と思った。
確かに順調に事が進むとは思ってはいなかったが、明らか今までの第一憲兵の手際とは違う。リーブス商会が調査兵団とグルだと睨んだことといい、さらにルピが危険だと思うくらいの奴が憲兵にいるなんて聞いたことがない。確かに憲兵に所属出来るのは訓練兵の中でもトップ10に入れる者だけ、強者揃いと考えてもおかしくはないが、ルピの口ぶりからはそういった感じは受けなかった。現に憲兵団は自身の事を恐れる存在としているくらいだ。元々そんな奴がいるのなら、エレンの処遇を決める裁判において当の昔に名乗り出ていた筈である。

エレンの巨人化後、極秘で何かを進めていたのだろうか。サネスやラルフ達とは違う、力に特化した集団を育成していたのだろうか。…しかしそれが事実なら、戦闘はより厄介になる。武闘派か、狙撃手か、調査兵団にどう対抗してくるのかはわからないけれど、


「…いいかルピ。敵は調査兵団の一番の脅威は俺だと思っている。俺さえ封じれば、後はなんとかなると思っているだろう」


ルピの実力は然程公にはなっていない。訓練兵時代には歴代最高峰の成績を収めたとしてその名は上がっているが、それ以降はルヴでの補助が主になっている為、討伐数などの目で見て分かる実力は比較的補佐止まりとなっている。エルヴィンは勿論の事、リヴァイや各分隊長と同じように面が割れているわけではないし、かつ小柄なため、大変失礼にあたるが新兵と思われても何ら不思議ではないだろう。


「今は…それだけが敵の盲点だ。それを利用して上手く切り抜けろ」

「はい」

「お前らもより一層警戒心を強めろ。…あと、覚悟もな」


ジリリ、と表情の険しくなる104期兵達。会わなかったこの数時間、彼らが何を考え、このストヘス区で待機していたのかは分からない。それでも、リヴァイへの不信感は解かれていない気がした。


「日が昇ると同時…いやその前からだ。奴らが泊まってる宿周辺の見張りと追跡はハンジ班と俺達で行う。移動は立体機動だ。104期…お前らは荷馬車と俺達の馬を牽引し、ストヘス区西門のすぐ内側で待機。霊柩馬車の通過確認後、俺達と合流出来るまではそれを追え」

「「…了解」」


突然訪れたリーブス商会会長の死。そして、その罪を擦り付けられそうになっている調査兵団。クーデター成功までの障壁は、高くなる一方を辿っていた。


===


翌朝。

チュンチュン_

ここはとある民家の屋根の上。ウォール・シーナという場所をこうして上からまじまじと眺めるのは、久方ぶりだ。やはりここは、自分達がいる世界よりも随分と明るく見える気がする。オレンジ色の瓦がやけに快晴の青に映える光景は、なんら"あの時"と変わらない。
違うのは、住民の姿がそこにあること。朝も早いため道を歩いている人は疎らだが、建物の中からは朝の音がところどころから聞こえてくる。

自分の立つ屋根の上にいる一匹の小鳥。小さく鳴きながら屋根を突っついて回っている。確かあの鳥は、スズメ。その名を教えてくれた人は別の場所にいてここには居ないけれど、シチュエーションは前とほぼ同じだな、なんて。

色々なことが起こりすぎているからか、随分遠い昔の事のように感じた。チラリと壁の方に目をやるも、この場からは遠すぎてよく見えない。しかし、それを見つけた瞬間のゾワリと背筋が震えた感覚は今も鮮明に残っていた。
…もし、あの事が無かったら。今も変わらず壁外調査に出向いていたのだろうか、なんて。


「…!」


宿から数メートル程離れた場所、東西南北それぞれにリヴァイとニファ、アーベル、ケイジ、そして少し遠目の位置でルピが待機して、どれくらいの時間が経った頃だろう。宿からようやく棺が運び出され始めるのを確認する。
…だが、あの長身の男や白いマントの女が一向に出てこない。かなり早い時間から行動し見張りを開始しているが、それよりも早く宿を出発したのだろうか。それとも、ここまでが彼らの仕事だったのだろうか。呑気にまだ寝ている…そんなことがあるのだろうか。


「……」


ありとあらゆる事を想定し、行動する。…リーブス商会がグルだと見抜くくらいだ、相手もそうしていると考えなければ。
調査兵団がストヘス区に来ていると想定しているなら、どうする。それらを探す。探して、

ザっ_


「!?」


ドン_!!

間一髪。ルピは背後への気配を察知し、それが"何か"を構えた瞬間真横へ飛び、隣家の煙突部分に身を隠した。
何かから発せられた、鉄砲の乾いた音とは違う、重い音。自分に向けられたそれは一つだったが、同時に四方面から聞こえた。ということは、リヴァイ、ニファ、アーベル、ケイジ達に向かって同様に放たれたと見ていいだろう。

次いで住民の甲高い叫びが聞こえ、急ぎその方へ飛ぶ。
屋根上待機だったアーベル。その身体が道に落ち、——頭が吹っ飛ばされているのをルピは見た。


「っ、危険です中へ!」


アーベルを見て叫びをあげた女性にそうとだけ言って弔う暇なく、先程対峙した人物が追ってきたのでルピはとりあえず逃げた。聞きなれたワイヤの音が多数聞こえ始め、発砲音もかなり鳴り始めている。

逃げながら、敵の武器を確認する。立体機動の使い方は熟知しているようだから憲兵と見て間違いなさそうだ。立体機動は同じに見えるが、トリガーの先は刃ではない。銃だ、銃がついている。立体機動装置も腰ではなく肩辺りに背負われており、両腿にはその銃の弾を備えていると思われるが、トリガーの先のそれは普通の銃でない。普通の銃ならば単に顔に穴が開くだけで、頭半分を吹き飛ばす程の威力などない筈。あれはなんだ。何故そんなものを持っているのか。そして何故立体機動に銃をつける必要が、


「!」


リヴァイの方へと合流しようと飛んでいる最中。屋根の上、倒れている緑の羽に靡く茶髪を見つけた。その周りの華やかな赤が正反対な結果を物語っている。…ニファも、やられてしまった。グッと手に力が篭る。

そして、一瞬静寂を取り戻す空間。リヴァイはどこに——まさか殺されたから辺りは静まりかえったのかと考えたのも一瞬で、いやあの人が死ぬはずないと、屋根上へ止まっては音を探し、後ろから追ってくる男が撃つそれをヒョイと避ける。回ったり飛んだり跳ねたり、おちょくっているように見えるだろうか、相手の顔がかなりイラついているのを感じた。ただ、低空飛行は出来ない。敵の撃ってくる銃弾が窓に当たって住民に被害が出る可能性がある。
しかし相手もしつこいな、このまま弾切れまで待つか、どうしようか、と思った矢先、


パリンッ_!!

ダンダンダンッ_!!!

ドゥン_!!!!


ガラスの割れる音と、再び鳴り始めた重低音。その方へ飛べばようやくリヴァイの姿を確認したが、頭から血を流しているように見えた。かなり追い込まれているのかもしれない。

自分を追ってくる敵と同様の格好をした数名がリヴァイの後を追い、銃を構え続ける。それを上手く躱しながら、リヴァイが一人の鉄胸にアンカーを刺したと同時。それはリヴァイの方へ引き寄せられ、そして、

ブレードで真っ二つになった身体が、左右へ飛んだ。


「っ!」

「ルピ!!迷うな!!」


殺せ——!!!


自分に気づいたリヴァイがそう言ってまたと建物の陰へと消えていく。それに気づいて2名ほどがこちらに銃口を向けて来たのでとりあえずルピは逃げた。
リヴァイが進むにつれてあちらこちらから姿を現すそれら。一体どれだけ待ち構えていたのか。ワイヤの音は全てリヴァイの方へ集まっていき、どんどんと遠ざかって行ってしまう。

…ドクリ、ドクリ。殺さなければ、殺される。巨人と同じ。そう、巨人と変わらない、そうだろう。言い聞かせろ。敵の数は不明。リヴァイの身に危険が迫っている。この先の104期の身だって危ない。己がやらねば、誰がやる。

これは、調査兵団の存亡を賭けた戦いなのだ。


「…、っ!」


今も尚追ってくる最初の男。逃げてばかりの自分が振り返って飛んでくるとは思わなかったのだろう。ヒッと小さく声をあげ、顔を強張らせていく。
威勢よく銃を放っていたのにいざとなったらそんな顔するなんて。しかし、ためらいは無かった。でも、可哀想だとは思った。多分あの時―白マントの女がディモに向かって放った感じと同じような、


「…すみません、死んでください」


何の恨みもないけれど。ルピは生まれて初めて、その刃を人間の頸に当てた。



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