07



人は簡単に死ぬ。
巨人よりも、あっけなく——


「……」


ドスン。重力に従って、人が地面に叩きつけられる音がした。


「…、」


ルピは自らが手を下したそれを振り返ることなく、リヴァイを追った。




「——!」

「っおい後ろだ!!まだ生き残りが——」


リヴァイに振り切られたのか、リヴァイに殺されることに怖気付いたのか、仲間の死に寄り添っていたのかは分からない。屋根上に居た数名がこちらに気づき即座に銃口を向けてきた。だが、自分が変わらず突っ込んでくると思っていなかったのだろうか、先程の男同様その顔に浮かべる恐怖はまるで初めて巨人を相手にした新兵のよう。…あぁ、死を悟っているんだなと思いながら、ブレードを構える。


ドン__!!


その銃付きの立体機動に慣れていないのだろうか。銃を撃つこと自体に慣れていないのだろうか。この人達は何のためにこの武器を持っているのだろうか。巨人討伐の為に新しく造られたのだろうか。…いや、人間の頭は吹っ飛ばせる威力があっても、この程度では巨大な項を吹き飛ばせないと思う。至近距離ならば可能性はあるかもしれないが、そこまで近づくのであれば刃で削ぐ方が確実だろう。仮にもし対巨人用に新武器を開発したのであれば、憲兵団でなく調査兵団に話が行くはずである。巨人と戦わない奴らに巨人用の武器を持たせても仕方がない、そうだろう。
…ならば、この武器は何の為に造られたのか。


「殺せ——!!!」


今ならわかる。
これは、調査兵を殺すためだけに造られたのだ。


ドン__!!
ドン__!!


立体機動の実践経験はもちろんダントツで調査兵団がトップ、同等の武器のまま挑んでも勝ち目がないことくらい誰にでもわかる。機動力で劣るのならば武器を強化すればいい。刃を振り下ろすよりも引金を引く方が早い。その機動力に追いつくために、刃を銃に変えたのだ。しかもただの銃ではなく、殺傷能力の高い部類のもの。確実に、敵を仕留められるように。

調査兵団なんていらない。調査兵団は滅べばいい。憲兵—いや政府はそう思っているということ。


「くそっ!!この女ちょこまかと——」


調査兵団という組織がいらないのなら、それを解体すればいいだけの話。なのに、所属する人間ごと抹消しようなんて非道極まりない。
ルピはトリガーを握る手に力を込めた。
数百年の歴史とか、壁への崇拝とか、政府の意向とか、心底どうでもいい。私を救ってくれた調査兵団。今こうして自分が生きているのは、調査兵団のおかげ。その調査兵団に牙を向けるのであれば、己は躊躇なくあなたたちに刃を向けよう。全ては仲間のため。自分の存在を、必要としてくれた人たちのために——


「女一人だ!!リヴァイじゃない怯むな——!!」


彼をやりきれなかった者たちが腹いせにか自分に向かってくる。何人かと対峙して、少しその武器の特性がわかって来た。

銃はトリガーにがっちりと固定されているため、アンカーを射出する方向にしか銃口を向けられないということ。そして、殆どが結構な至近距離でないと撃とうとしない…否、そういう銃なのかもしれない。誰かが「有効射程距離まで待て」と言っていた。普通の銃弾よりも飛距離が無い分、殺傷能力が高いのだと思われる。弾も無限にあるわけではなく、その両太腿に備えてあるのみだろう。我々のブレードは折れたら交換だが、それらは1発撃ったら即交換のようだ。そう易々と使えないと思っているのか、単に慣れていないだけなのか、闇雲に撃ってくる輩はあまりいない。


ドンドン__!!


だからそう、それらの背後さえとってしまえばこちらが確実に有利なのだが、近づこうとすればその射程距離に入ってしまい、死角に入るまでが鬼門。反射神経はいい方だとは思っているが、流石に二,三人相手にスラスラと弾をかわしてその項を切るのは困難を極める。相手は巨人ではない、立体機動を操る動きの機敏な人間だ。そう簡単に削くこともできなければ、詰め寄ることもできない。あの銃が厄介すぎる。


シュパッ_!


迷っていれば、躊躇っていれば殺される。だからそう、慈悲なくその項に刃を当てる。いや、慈悲があるから項を切っている。
巨人に食われる時、皆がこの世の終わりの如く声を上げる。計り知れない痛み、恐怖、絶望を与えられるからだ。項を切ればあっけなく死ぬ巨人と同じで、人間も項を切れば即死するのではと考えるのは浅はかだろうか。少しでも痛みを感じる時間が短ければいい。それが自分にできる最大の譲歩だ、なんて。


「!」


憲兵を何人か殺してそれらを上手く撒いた後、ようやくリヴァイに追いつき、そこには霊柩馬車を追うアルミン達の姿もあった。
しかし、リヴァイと追ってきた憲兵に気づいた彼らは、それを目の当たりにしてその顔に動揺を浮かべた。立体機動装置と、握られている銃。数十分前から鳴り続けていた銃声に気づいていたとは思うが、立体機動でこちらに向かってくるリヴァイに走って追いつくわけがないのに、それでも近づいてくる銃声に疑問を持っていたに違いない。まさかそれが立体機動装置についているなんて、誰も想像だにしていなかっただろう。


「なんだありゃ!?立体起動装置なのか?!銃を持ってるみてえだがまさか…」


ドン!


撃ってきた男の鉄胸にアンカーを刺し強引に引き寄せたその身体を、リヴァイはまたと真っ二つにした。落ちる身体に、舞う血飛沫。衝撃的な光景に104期達の顔が一瞬で青ざめていく。


「馬車はもう追うな」


そのままリヴァイはアルミンの引く荷馬車に着地。辺りは一瞬、元の静寂を取り戻す。


「はい!?」

「俺たちの行動は筒抜けだ、一旦エレンとヒストリアを諦める。奴らは二人を餌に残存する調査兵を全員この場で殺すのが目的だ…きっとこの先も敵が待ち伏せしている。同じようにして他の三人は殺された」


脳裏によぎるアーベル、ニファの姿。ケイジの姿は見ていないけれど、…やはり、殺されてしまっていた。奇襲を受けたとはいえ、この短時間で一気に調査兵団の中堅を失ったことに、皆が声を詰まらせる。


「アルミン、左側から最短で平地を目指せ。サシャとコニーは馬を牽引、ジャンは荷台から銃で応戦しろ」

「「…了解!」」

「ミカサ、ルピ、俺らは立体機動で逃走の支援だ」

「エレンとヒストリアはどうするつもりですか」

「…他の手を探すしかねえ。それも俺達がこの場を生き延びることができたらの話だ。ルピの言っていた"長身の男"もここにいる。敵の数も未知数。…言いたいことはわかるな?」


ミカサにとってはそれだけが気がかりだった。また、エレンを見失う。あの時は気を失ってしまっていたから自ら追うことは出来なかったけれど、今なら出来る。それにルピならまた追ってくれるのではという期待があった。
しかしリヴァイのそれを聞いて、ミカサは言葉を飲み込んだ。トップ二人が戸惑うほどの状況。自分ではどうにも出来ないかもしれないと、清く悟る。


「殺せるときは殺せ。わかったか?」

「リヴァイさん後ろからもうきます」


ルピはそうとだけ言って迷いなく飛んだ。リヴァイのその発言に「了解」と力強く返したのはミカサのみ。104期の中で今躊躇わずに応戦できるのは彼女くらいだろう。
ずっと、ずっと彼らの中にあった戸惑い。そう簡単に割り切れるものではない。気持ちは分かる。だから、説得している暇があるなら自分が飛ぶ。リヴァイは長身の男もここにいると言った。確認の意を取った訳でもないのにリヴァイがそう言うということは、彼から見ても危険な男だと分かったということ。あの男がこの場で暴れるとなると、かなり状況が悪化するように思える。今は自分が率先して何とかしなければ、皆の命が危ない。


「っ回り込まれる…!!」


しかし、伊達に憲兵も立体機動を扱っていない。追いついてきたそれらと、待ち伏せしていたそれらの数が多すぎた。
荷馬車を牽引するアルミンを狙う一人の女。ミカサは咄嗟に態勢を変え辛うじてその女を蹴飛ばし銃口をアルミンから逸らさせ、蹴飛ばされた女は荷馬車に落ちた。ライフルを構えていたジャンがすかさずその女に銃口を向けるも、女はゆっくりと起き上がる。


「動くな!!」


動く女。ジャンは引き金を引かない。


「動くなっつってんだろ!!!」


威勢のいいのは声だけだと、誰が見ても一目瞭然だった。額に滲む汗、戸惑う瞳、動揺する手。
ガンッ。女はトリガーの先の銃でジャンが構えているライフルを思い切り払い除けた。勢いで尻もちを着くジャン。女の銃口がジャンに向く。形勢逆転。


「ジャン!!!」


撃たれる。誰もがそう思った。間に合わない。誰もがそう思った。


パン__!!!


刹那乾いた音が響き、…ゆっくりと荷馬車から地へ落ちていくは、——女の身体。


「…!」


その引き金を引いたのは、


「街を抜けるまであと少しだ——!!」


アルミンだった。



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