ルピが一通り巡視して戻ってきた頃には、マルロとヒッチが無事に仲間入りしていた。マルロがすかさず「よろしくな」と言ってきたのを、ジャンとコニーが「バカ!大先輩だぞ!」「リヴァイ兵長と肩を並べる主力の人だぞ!」と説教している。すみませんすみませんと土下座する彼に「気にしないでください」とだけ返した。何だか面白い子だなと、そしてどこかやはりエレンの影がチラつく感じも否めない。
意外とすんなり仲間入りしたようで、自分が戻ってくるまでに大方の作戦は決まったようだ。
調査兵団団長だけでなく調査兵団全員に出頭命令が下されており、既に十数名は出頭済み。残りがいつになっても出頭してこないので、オルブド区〜ストヘス区〜トロスト区にかけて、駐屯兵団にも要請を行い検問を置いているらしい。中央憲兵が駆り出されているのはオルブド区〜ストヘス区にかけて。仕事としては新兵〜中堅が主に動いているだろうが、検問を仕切るトップには上官が必ず一人ついている。
街に近ければ近いほど検問は手厚く、森に近づけば近づく程薄く、検問設置の距離も広がり、そしてその人数も少ないはずだとマルロは言った。
よって、ここから一番近く、かつ手薄な検問所にて中央憲兵を捕らえ、エレンとクリスタの居場所を尋問する。尋問と言っているが、恐らく拷問だろうなと思ったが考えるのをやめた。向こうがこちらを殺す気で挑んでくるなら、こちらもそれに応対するまで。
そうして二人の案内の元、検問所へと向かう。二人には、その他情報収集、そしてトロスト区にいるであろうハンジへの伝達係が任されることとなった。
「但し大っぴらな行動はするな。あくまで憲兵の仕事の範囲で行動しろ」
「「はっ」」
調査兵団の命運を分ける行動。失敗すれば、それらに手を貸した自分たちにも処分が下る。ヒッチはずっと緊迫感に包まれているが、マルロはどうだろう。リヴァイに命令されて少しウキウキしている気もする。それほどリヴァイに憧れがあるのにも関わらず、彼は憲兵団を選んだ。リヴァイの傍で共に巨人を討伐することよりも、遠くから崇め続ける事の方が良かった、ということだろうか。
…とまあ、どうでもいいことを考えながら歩みを進めていると、マルロとヒッチが足を止めた。
「——あそこが…最も警備が手薄な検問所です」
木々の間から見える、少し開けた場所。目を凝らせば時折人の動きが見える。確かに聞こえる足音は少なく、森の奥だからだろうか、そこまで気を張っていないようにも思えた。
「…よし。あとは俺たちでやる。お前たちは怪しまれないうちに戻れ」
そうしてマルロとヒッチがその場を去り、リヴァイから検問突破についての作戦が伝えられた。
「荷馬車でそのまま突っ切るのも手だが…怖気づかず撃ってくる奴がいるかもしれねえ。…ここはルピ、お前がルヴで全速力で突っ切ってその注意を引け」
「!」
その方が確実だと言うリヴァイ。確かにトロスト区でやられたように粋なり荷馬車が突っ込んできたら怖気付くだろが、それは日常に身を置いていたらの話。検問は常に警戒体制、何がなんでも止めようとし、車輪を撃たれれば荷馬車が終わる。
しかし、白い大きな獣が突然現れたら。戦闘に慣れている奴らでも100パーセント怯んでいたことを鑑みれば、憲兵なら尚更呆気に取られてその姿を追うに留まるに違いないと。
「俺達はその後で奴らを抑える。アルミンはそのまま荷馬車待機でいい。増援を呼ばれない程度には痛めつけろ、いいな」
「了解」
「全員を倒したら山中に入れ。辺りの警戒を怠るな。中央憲兵の奴は俺が捕らえて連れてくる」
「了解!」
そうしてルピは一人、検問所突破スタートラインに立ち行く。
ロッドに会うまで禁止されていたルヴの姿。しかしもう、そんなこと言っていられない状況なのはよくわかる。憲兵団にその姿をお披露目する機会はこれで2度目。…そういえば、あの時生き残った兵士でそれを語った者はいなかったのだろうかと、ふと思いながら、
ルピはルヴになり、右前脚で地面を掻き、助走を付けた。
「っ?何か来…え?」
検問の入口、左右に立っていたそれらの顔があからさまに変わっていくのを見届けながら、ルピはトップスピードでその場を駆け抜けた。
「っ、な、なんだありゃ――!?」
完全に呆気に取られ、背後に迫る人影にすら気づかずに。それらは何が起こったのかもわからないまま、真っ暗になる眼前と共にその場に倒れていった。
「――良い髭だなあんた。エレンとクリスタはどこだ?」
「…はぁ…部下は殺したか?」
捕らえた男―中央憲兵であろう中年のおじさんを、太い木の幹の前に転がしたリヴァイ。引きずられてきたその体勢を整えるかのように男はそこへ座り込んだ。
「残念だが…あんたの部下は助けにこない。あんまり殺すのも困りものだからな…暫くまともに起きられない程度にしておいた」
「はは、勇ましいことで…。さっきの検問所にいたのは、まだ右も左もわからん新兵だ…そんなのをなぐり倒して、英雄気取りか」
「俺だって可哀想だと思っているんだ。特にあんたの口は気の毒でしょうがない。まだまともに喋れるうちに口を使ったほうがいいぞ」
エレンとクリスタはどこだ。常套句のように問い続けながら、自分の靴を男の口に突っ込むリヴァイ。そうするのが拷問なのかと思いながらも、ぐりぐりと押し込まれるその様は見ているだけで痛い。
暫くして、靴が抜かれた。ガハッと血を吐くと共に息を吸う男。
「無駄だ…お前らが何をやったって…調査兵…お前らにできることは…この壁の中を逃げ回って、せいぜい泥くそに塗れてせこせこ生き延びることだけだ!!」
「…」
「それも仲間を見捨ててな!お前らが出頭しなければ囚われた調査兵は処刑される!!お前らがやったことを考えれば世間も納得する当然の報いだ!最初は調査兵団最高責任者であるエルヴィン・スミスからだろう!!」
意気揚々と。ざまあみろと言いたげに男は声を張り上げていたが、独断でやったことだとその首を差し出すのなら、他の団員の命だけはなんとか助けてやれると言い出す。自らの命を差し出せば、仲間の命が救われる。俺が、口を聞いてやる、そうすりゃ上手く行くと。やれることはそれしかない。それしか、お前たちには術はないと。
あぁ、これが命乞いというやつだと理解する。口から血を垂らしながら訴えかける男の目の中に宿るのは忠誠ではない、懇願だ。
「いや遠慮しておこう。お前はエレンとクリスタの場所を言え」
「…へぇ…仲間を見殺しにして無駄に生き延びるか…そりゃまた…絆の深けえことで…」
「まぁな。調査兵団の命には優先順位ってもんがある。それを承知の馬鹿共の集まりが俺らだ」
男の胸倉を掴んで立たせて即、木に押しつけその左腕を背中に当て拘束する。
「そもそも王政が調査兵団を根絶やしにする絶好の機会を俺らの首程度で逃がすとは思えねえな。…それとさっきの質問に答えなかった分がこれだ」
ボキリ。骨が折れる音が聞こえた。男の悲鳴が響く。「うるせえよ。エレンとクリスタの場所を言え」としか言わないリヴァイに観念したのか、男は威勢よく上げていた声を悲嘆に変えた。
「しっ知らない!本当に殆どの事は教えられてないんだ!!ケニー・アッカーマンはとても用心深い!!!」
「…アッカーマン…?それがケニー…奴の姓か?」
「っ?…そうだが…?」
知らなかったのかとでも言うように。その言葉に一瞬リヴァイは力を抜いた。
——アッカーマン。確か、ミカサの姓。姓が同じということは、血縁関係が無くともそれと戸籍上は家族か親戚ということになる。ミカサがそれに驚くのは分かるが、リヴァイも同じく驚いているようだった。アッカーマンという血筋になにかあるのだろうか。…というより、ケニーとは誰だ。エレンとヒストリアを連れて行ったボスのことだろうか。ともすればあの、長身の男のことだろうか。
「まぁ確かに…奴は教えねえよな。大事なことは特に…しかし心当たりくらいはあるだろ?思い出すまで頑張ろうか」
「ひっ…よせ…!!」
「まだ骨は何本もあることだしな」
あんたはまともじゃない。そう言われたリヴァイは顔色変えずに「かもな」とだけ返す。
「…!」
男の今後よりもケニー・アッカーマンの事を考えていたその時。ルピは風に乗ってやってきた、よく知った匂いを検知した。