「リヴァイさん」
「!」
「ハンジさんが来ます」
そうとだけ伝えれば、辺りを警戒していた104期達も反応した。草むらを掻き分けながらこちらに向かってくる、3つの頭。フードを被っているため誰かはわからないが、ルピがそう言うということはうち一人はハンジであることは確定だろう。
リヴァイは掴んでいた男の手を解いた。男は痛みに耐えながらその場にへたり込む。逃げる気力は最早失くしたようである。
「——やあやあ皆!ご機嫌麗しゅう!」
久しぶりに聞いたその挨拶はこの緊迫した空気の中、格段に浮いた。だが、その挨拶の堂々ぶりを見て、事は良い方へ向かっているのかもしれないという期待が湧かなかったといえば嘘になるだろう。
「もうそんなに身構えなくても大丈夫だよ」
銃をおろしておろしてとジェスチャーをし、一枚の紙を差し出すハンジ。受け取ったリヴァイの後ろに104期達が群がった。
それは街中でよく出回っている新聞だった。号外として、数時間前に配られたらしい。
——調査兵団を失うということは、人類の矛を失うことを意味する。迫りくる敵から身を守るのは盾でなく、脅威を排除する矛である。
…もし今ウォール・ローゼが破られたなら、巨人の脅威とは別の、生存競争を強いられることとなる。つまりそれは、ウォール・ローゼ、ウォール・シーナに二分した人類による内戦の開始を意味する。その時、王政はどうでるのか。王政が人類の手綱を握るに相応しいのか。決めるのは王政自身だと、エルヴィンは賭けにでた。
調査兵団の解体を進めるため、王都に集結した全兵団の幹部。駐屯兵団司令官—ピクシスと憲兵団師団長—ナイル・ドーク。そして貴族のトップ達(行政、ウォール教、商会、兵団)。
ウォール・ローゼが突破されたという知らせを受け、ピクシスはすぐに避難経路の確保、駐屯兵団前線部隊への命を出し、持ち場に戻って住民の避難を最優先しようとしたが貴族はそれを拒否。ウォール・シーナの扉をすべて閉鎖し、避難民を入れてはいけない。エルヴィンの言うとおり内戦が始まるだけ、わざわざ敵を増やすことはないと。だがローゼに家族がいるナイルは、それを聞いて王政に刃向かった。自分はローゼ側の人間。閉鎖は阻止させてもらうと。それでも尚最上位の意思決定機関である我々の命令に従えと言う貴族に、そこにいた誰しもが不信感を募らせた時。ザックレー総統—3つの兵団組織のトップが登場した。巨人出現は誤報であるが、自らの資産を残り半数の人類より重いと捉えている貴族達に我々はおとなしく殺されている場合ではない。たとえ我々が巨人の力やこの世界の成り立ちに関して無知であろうと、人類を生かす気のないものをこの壁の中のトップにしておくわけにはいかないと言明した。
「全てそこに書いてあるとおりだ。クーデターは成功!エルヴィン団長の働きが功を奏し、現体制の崩壊が宣言された。フリッツ王が偽物だったってこともバッチリだ!王都も行政区もザックレー総統が仮押さえ中だが、今のところ貴族達の反乱は起きていない」
我々は自由の身だ!ハンジの声に一瞬止まった時だが、次には104期から盛大な歓声が上がった。決死の思いで始めたクーデター。拷問のBGMに怯え、人と争うことに震えた。たったの数日だが、反逆者として過ごした日々は生きた心地がしなかったに違いないだろう。
「でも、リーブス会長の件は…?」
「あぁ、あれが濡れ衣だって証言はとれたからね。息子のフレーゲルが奮闘してくれているよ。調査兵団の冤罪は晴れた、君たちの行動は正当防衛として認められたんだ」
よかった、フレーゲルは生きていたと、一つ安堵の息を漏らす。その後ろで中央憲兵の男がポツリと「そんなバカな」と呟いたのを聞いた。既に放心状態の彼が今何を思いその場にいるのかわかりそうもなく、ルピは振り返ることすらしなかった。
「お前ら一体…どんな手を使った?」
「…変えたのは私達じゃないよ。一人一人の選択が、この世界を変えたんだ」
調査兵団とグルになった"裏切者"を全員処分するため、中央憲兵はフレーゲルを探し回っていた。それに気づいたハンジは彼を保護。トロスト区の住民、そして新聞記者達に真実を知ってもらおうと奮闘。追われている立場を逆に利用し、会長の死の真相—中央憲兵が会長を殺したこと、そして調査兵団から人を攫うことを中央憲兵が依頼したことを吐かせた。撃たれそうになっていたフレーゲルをハンジ達が救ったことにより、調査兵団はリーブス商会を助けようとしていた立場であることも、その全てを見ていたトロスト区の住民たちが証人となったのである。
今までずっと、憲兵の言いなりになって不都合な事実は闇に葬ってきた記者達。そうして生きてきたベテラン記者は、目の前で起こった事実を受け止めるも、真実を書くことを渋った。しかし、新人記者に言われてようやくその目を覚ました。王政の連中は民衆を救う気が全くない。今度巨人に襲撃されたらもう何も残らないのだと。
歯向かえば、殺される。疑惑を抱いていても、真実を知っていても、この世を変えたい気持ちと引き換えにある命の重さに耐えられない者たちがたくさんいた。でも、手を取り合えば、諦めなければ。何かを変えることはできるのだと、このクーデターが民衆をも導いたのだ。
「——ハンジ…すまない…お前から預かった三人を、…死なせてしまった」
今だ盛り上がる104期兵たちと、ハンジ達と共に戻ってきたマルロとヒッチ、それらを眺めながら。…リヴァイがそのような事を言うのは初めてな気がした。
——ただお目付けてるだけが俺の仕事じゃねえからな
リヴァイ不在時にはよく傍にいてくれたアーベル。
——頭痛がするの?大丈夫?
自分の体調をよく気にかけてくれたニファ。
…そして、あまり話をしたことはないが、気さくに接してくれたケイジ。
「……」
弔う暇なくお別れの時を迎えてしまったことを思って、空を見上げる。クーデター成功を喜んでくれているといいな、なんて。
「…でも、仇の鉄砲どもはさっき君らで無力化したんだろ?」
「……いや、全部じゃねえ。その親玉あたりとエレン、ヒストリアはまだ別の場所にいる」
早く見つけないと、この革命も頓挫してしまうだろう。そうリヴァイが言えば、ハンジはポケットからまた別の紙を取り出し、掲げた。
「エレンとヒストリアの場所だが…心当たりがある。確証を持つまでには至らないが…どうやらこれにかけるしかなさそうだしね」
この戦いは、そこで終わりにしよう。
舞い上がっていた時を終え。その場の空気はまた、緊張を迎えた。