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エレンとヒストリア奪還の為、いざ、レイス卿領地へ。

あの対人立体機動集団―長身の男とその仲間がまだ姿を現さないこと、既に日が沈み辺の視界も悪いことから、警戒しながら進んだ方が良いと、ルピはルヴで駆けることとなった。
ハンジが当たり前かのようにそれに乗ろうとする。遊びじゃねえんだぞとリヴァイが言うも、ハンジは無視してその背に跨った。

その光景を見たマルロとヒッチはこれまた驚いていたが、リヴァイと肩を並べる兵、そして自分が歴代最高峰の成績を修めたルピ・ヘルガーであることを知った途端から彼の自分を見る目が変わっていることに気づいている。色々と聞きたそうな彼のその憧憬の眼差しに気づいたジャンが「後にしろ面倒くせえから」と言っていた。きっとジャンも彼にエレンの影がチラついて見えているのだと思う。

そうしてレイス卿領地の大方の場所を知る二人を先頭に、ハンジを乗せたルピ、荷馬車を率いるアルミン、荷馬車にミカサとリヴァイ、ジャンが乗り、その後ろをコニーとサシャが馬で駆ける。

出発して刹那、ハンジは先程掲げた紙をもう一度皆に見えるように掲げた。


「これはエルヴィンから託されたレイス卿領地の調査報告書。本作戦の概要通り、エレンとヒストリアがレイス家への手に渡るのなら、その行先はレイス卿の領地と予想するのが普通だ。農民に扮した調査兵によって、レイス卿領地の潜入捜査を行っていたんだ」


そしてその報告書の中身は、5年前にレイス家を襲ったある事件の詳細が大半を占めていた。
レイス家は5人もの子宝に恵まれていた。ヒストリアはそのうちの一人ではなく、使用人との間に産まれた隠し子らしいが、それ自体は珍しい話でもないし、それ以外の所では領地主としての評判は悪くなかった。
しかし、ウォール・マリアが破壊された日の夜、悲劇は起きた。世間の混乱に乗じた盗賊の襲撃によって村にある唯一の礼拝堂が襲撃を受け、焼かれた挙句全壊したのだ。そしてその夜礼拝堂では運悪く、ウォールマリアの惨事を受けたレイス家が一家全員で祈りを捧げており、ロッド以外全員が、盗賊に惨殺されてしまった。


「…そしてそれはヒストリアの母が中央憲兵に殺される数日前の出来事。ロッドは家族を失った直後に突然ヒストリアに接触を図った…このあたりに連中がヒストリアを求める理由があるのだと推測される」

「血縁関係か…その血にタネか仕掛けがあるってのか?」

「ハンジさん、二人の居場所は?」

「そうだ、今はこのことは置いておこう」


ハンジが気になったのは礼拝堂が全壊したところにある。というのもその礼拝堂は木造ではなく、大半が石造りの頑丈なものでできている。石造りの建物でも確かに火を受ければ脆くもなるだろうが、ただの盗人が建物を破壊する必要があるだろうか。本当に盗賊の仕業であれば、盗るもの取って逃げる筈である。そしてその盗賊を見たのは、ロッドただ一人。村人は誰一人として怪しい人物―または集団など目撃していない。
また、彼は自らの資産ですぐにその礼拝堂を立て直したそうだ。…それは、何故か。


「もはやここに巨人の存在がなかったという方が不思議なくらいだ。これが私の早合点だとしても、こんだけ怪しければ十分我々が今ここに向かう価値はあるはずだ」


その話には誰も異論を唱えなかったがしかし、次のハンジの言葉は、誰も想像だにしていないものだった。


「早くしないと、エレンが食われるかもしれない」

「っえ?!」

「ライナーたちの会話や行動からの推察に過ぎないが、それがエレンから巨人の力を借りる手段なのかもしれないんだ」


巨人になれる人間を巨人が食べることによって、その能力が継承される――。
巨大樹の森でユミルとベルトルトがしていた会話。うろ覚えだがエレンは思い出していて、それを手紙に書き止めハンジに渡していた。

会話はこうだ。ユミルがベルトルトに対し「私を恨んでいるか」と聞き、ベルトルトはそれに対して「分からない。でも君も人なんか食べたくなかっただろう」と返したと。「60年も壁の外を彷徨っていた」とユミルが話していたことから、彼女は単に壁の外をうろつく巨人だったことが分かる。しかしその会話のやりとりから、あの日…壁が破壊される前に、ライナーたちの仲間を食べたと推測される。ライナー、ベルトルト、アニ。全員が巨人化の能力を持って壁の破壊にきた。何人で来たのかは定かでないが、ユミルが食べたその一人も当然巨人化の能力をもっていたと考えるのが普通だ。

巨人にされた人間が、巨人化の能力を有した人間を食べると人間に戻る。正確には食べた相手の"巨人化をコントロールする力"を手に入れる。
エレンの奪還に成功した際、ライナーが最後の悪あがきで巨人を投げつけてきた行動。…あれは、誰でもいいからエレンを食べさせようとしたのではないか。だとすれば、エレンは器であって、交換可能な存在ということになる。


「王政が"叫び"の力…エレンが巨人の行動をコントロールした力を利用したいのなら、あの反抗期の化身のようなエレンにその能力を入れておくわけがない。できるならもっと都合のいい誰かにその能力を移すはずだ」


さらりと悪口をいったハンジのそれに、しかしミカサはそれどころではないのだろう。荷馬車の上で立ち上がるも、リヴァイがそれを制す。


「…まだそうと確定したわけじゃない。焦ってケニー達との交戦までガスと体力を無駄に使うようなことはするな」

「…っ!」

「夜が明ける頃にはレイス家の領地に兵団が送り込まれるはずだ。…だがそれまでレイスは待ってくれないだろう…私達が急がないと」


ルピはハンジの話を聞きながら、あの時―巨大樹の森でのライナー達との会話を思い出していた。
彼らの故郷や"座標"について話しているのは聞いたが、エレンが思い出したその会話を自分は聞いていない。恐らく交戦後、ルヴのまま巨人の中に落ちていった後の会話だと思われる。
巨人にされた人間が、巨人化の能力を有した人間を食べることでその能力を継承する。知性を持った巨人の力は元々の特質ではなく、奪い奪われて継承されてきた。…否、もしかしたら、"故意"にその能力を託している可能性だってある。


「……」


だとしたら、エレンは誰を食べてその能力を継承したのだろう。それ自体をエレンが知らないということ、そしてユミルの話から推測するに食べて人間に戻った後は記憶が混濁するのかもしれない。エレンがシガンシナ区で生まれ育ったことはアルミンやミカサが証人であるが、イコールそれは、その時既に壁の中に巨人の力を有していた人物がいたことにも繋がる。エレンはいつ、どこで、誰を――。


「…それとお前ら…これから戦うであろう中央憲兵…その親玉について話しておく」

「!」


そうしてリヴァイは、ケニー・アッカーマンについて語りだす。"切り裂きケニー"、都の大量殺人鬼。彼を捕らえようとした憲兵が100人以上も喉を裂かれて殺されたという、何十年か前に流行った都市伝説。それは本当の話で、そしてそれが今中央第一憲兵に居て、調査兵団を殺そうとしている集団の親玉で、…自分は彼に拾われて共に地下街で生きてきたのだと言った。
誰も知らなかったリヴァイの過去。まさか殺人鬼に育て上げられたとは思いもよらないが、その強さの秘密はそこにあるのかもしれないと思ったら妙に納得をせざるを得ない。


「奴がいればそれが一番の脅威になる。脅威の度合いでいえば、敵に俺がいると思え。いや…アノ武器がある分、俺よりも厄介だ」


じゃあ無理だ、兵団との合流を待とう。怯えるコニーとサシャにミカサが「絶対ダメ」と睨みを利かせれば、二人は掌返して「そうだダメだ」と即答していた。
敵にリヴァイがいると聞いて怖気付くのも無理はない。そしてその親玉率いる敵の数も未知数。あの時リヴァイとルピで数十人は殺したかと思われるが、調査兵団と違って憲兵団には人が有り余っている。次々に増援を寄こすことなんざ訳ない。


「でも、あの武器に弱点がないわけではないと思う」


アンカー射出機と散弾の斜線が同じ方を向いているということは、敵の移動時の体の背面側は完全に射程外であること。二発撃ってしまえば、次の装填まで時間がかかること。訓練は積んでいても実戦経験は昨日が初なら尚更、その弱点を付けば、人数で不利な我々が有利になる可能性はゼロではなくなるだろう。


「………しかし…一緒に暮らしていてそれしか切り裂きケニーの情報がないってどういうことだよリヴァイ?」

「悪いな…奴のフルネームを知ったのも昨日が初めてだ。ケニー・アッカーマンって名前らしいが…お前の親戚だったりしてな」

「…生前の両親の話では…父の姓、アッカーマン家は都市部で迫害を受けていたと聞きました。東洋人である母の一族は人種の違いからか街に居場所を失い、お互い壁の端の山奥に追い詰められた者同士が出会って夫婦となったのです。…なぜアッカーマン家が迫害されていたのかは父もわかりません。母のような人種的な差異が父にあったようには見えませんでしたし…」

「…お前、ある時、突然…力に目覚めたような感覚を経験したことがあるか?」

「…あります」

「ケニー・アッカーマンにもその瞬間があったそうだ。ある時、ある瞬間に、突然バカみてえな力が体中から湧いてきて…何をどうすればいいかわかるんだ」


その瞬間が、俺にもあった。リヴァイのその言葉に、誰もが意表を付かれた。…みなまで言わないが、そう言うということは、リヴァイの姓もアッカーマンということ。リヴァイの強さも、ミカサの強さも、そしてケニーの強さも、"アッカーマン家"が共通してあるという事実。


「まぁ…今はアッカーマン家については置いておこう…礼拝堂に着いてからの作戦はどうする、ハンジ」

「そうだね。巨人の存在が礼拝堂にあるという前提で話を進めようか。…私は礼拝堂の地下に広大な空間があると踏んでいる。シーナの地下程の規模でなくても、巨人がすっぽり入れるくらいの広さはあるだろう。…誰にも気づかれずに、巨人を生み出したりできるくらいのね」

「…!」

「我々が礼拝堂に目星を付けている事も奴らが気づいているとしたら、既にそこで待機している可能性が高いだろう。きっと盛大に出迎えてくれる筈だ」


地下への入口は大概狭い造りになっている。人目に付かないように設計されているのなら、尚更。自分たちがお邪魔しますと入った瞬間に撃たれたら終わりだ。何か秘策を考えなければならないだろう。
後は、あの対人立体機動にどう立ち向かうか。弱点を把握していたとしても、苦戦を強いられるのは確かだ。実戦経験は皆無でも、立体起動の動きには慣れているのだから。


「煙幕を使うのはどうでしょうか?」

「!…良いアイデアだよアルミン!信煙弾も使えそうだ。アルミンは信煙弾、サシャは弓を使って我々を援護してくれ」


そう指示された当の本人サシャは、いつの間にか荷馬車に移り、寝ていた。この状況でも寝れるのかと、ある意味重鎮だなと、まあサシャなら仕方ないかと、様々な思いを寄せられているとはつゆ知らず。彼女が起きるときは礼拝堂に無事着いた時かとプラス思考に考えながら。着実に、調査兵団は礼拝堂へと近づいていた。



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