13



「っ、ルピさん…!!」


ハンジを背負い、立体機動で飛び立とうとしていたアルミンを発見。その体格差では上手く飛べないことをリヴァイは分かっていたのだろう。ルピはハンジを乗せやすいよう伏せの体勢を取り、アルミンも分かっているように直ぐに背中へハンジを乗せた。
今にも崩れそうな階段を駆けあがり、なんとか入ってきた所から脱出することに成功。礼拝堂を出れば正面の森奥にマルロとヒッチは避難していて、手を上げる彼らの元へと走った。


「ご無事で!!一体何…が――!!?!」


その間も鳴りやまない地響き、そして崩れ落ちていく礼拝堂とその周りの地面。地下の輝きが現れ、辺りが明るく照らされていくと同時。
…それは、突如として現れた。


「…何…あれ…!?」


陥没した大穴から這い出てきたのは、目測でも超大型の2倍はありそうな巨人。それは身体全てを地上へ出すと、立ちあがることはせず、身体全体から蒸気を上げながら這いつくばるようにしてゆっくりとどこかへ進んでいく。


「起き上がれないのか…?完全体ではない…?」


手足はその身体に比べ異様に細い。まるで蜘蛛のような身体の造りをしているが、その細長い手足でしっかりと地面を蹴ってその巨体を前へと運んでいく。上がる蒸気は収まることなく周りの木々を燃やし、進む方向を誤れば山火事になりかねないだろう。


「…アルミン、とりあえず私はあの巨人を追います。ヒッチさんはハンジさんの手当を」

「了解です!」

「マルロ、僕たちは兵長達が地下から出れるように出口の確保だ!」

「わかった!」


ルヴになり、地面を駆ける。それに追いつくことは容易かった。だが、近づくにつれ感じるその熱気。大型よりもかなり高温なその身体から出ているのは炎といっても過言ではない。実際、触れてもいないのに横切った木々は発火している。
モクモクと上がる蒸気とその熱のせいで至近距離には近づけそうにない。ともすれば、その項を刃で切ることも不可能かと思われる。


「……」


一旦人に戻るも、それはこちらを見ることなく、同じスピードを保ちながらズズズと真っすぐに進んで行く。人に興味を示さない奇行種なのか、はたまた自分一人を構っている暇などないのか。…そしてこれは、一体誰が巨人化したものなのだろうか。




「――ルピ、あいつの実態は」


ルピがアルミン達のところへ戻った時は、地下にいた全員が地上に脱出した直後だった。エレンとヒストリアの姿もあり、とりあえずはホッと一息つく。


「人に戻ってもこっちを向いてはくれませんでした。…ですが、身体から出る熱が超大型とは比べ物になりません。項をそぐのは不可能かと」

「そうか。…とりあえず奴を追うぞ」


あれはどちら様ですかと問えば、ロッド・レイスだと返ってきた。エレンの硬質化が成功し、それによって自分たちは九死に一生を得たとジャンが言う。
…何となく察してはいたが、ルピはどこかそう思いたくなかった節がある。この壁の最高責任者であるそれならルヴの事を何か知っていてもおかしくはない。そのエルヴィンの言葉を頼りとし、エレンとヒストリア奪還のついでに、その小父さんに会うつもりだった。なのにそれは口の聞けない大きな肉の塊となって今、地を這っているという現実。


「っハンジさん、大丈夫ですか…!!」

「あぁ…すまない…大丈夫だ」


その時、ハンジが目を覚ました。取り急ぎロッド・レイスを追いながら今の状況を共有しようと、あの地下であったこと、知った事をエレンとヒストリアが話始める。


――ロッドとヒストリアに触れられたエレンは、父―グリシャ・イェーガーの記憶を見た。巨人になり、礼拝堂を襲い、ロッド以外を惨殺。そして巨人化したフリーダを食べた己自身を、――息子に食わせる記憶を。

この世界の三重の壁は100年前、ある巨人によって創られた。この世界の成り立ちとその経緯の全てを知っている、全ての巨人の頂点に立つ巨人によって。
ロッドの長女であるフリーダは15歳の時、その巨人の力と失われた世界の記憶を先代―叔父にあたるロッドの弟を食べ、継承した。その巨人の力と世界の記憶を先代から受け継ぐこと、それが王家であるレイス家に課せられた使命であり、同じ事が何代にもわたり繰り返され、一人の人間に力と記憶を掌握させることによってこの世界の生き字引とし、その者に人類の行く末を委ねてきた。この世界の謎を世に広めるのも誰にも口外しないのも自由だが、世に広めたものは誰一人としていない。それこそが、この壁の世界を造った初代王の思想を継承した証であった。

しかし5年前、その歴史にターニングポイントが訪れる。グリシャがそのフリーダの力を奪ってしまったのだ。
グリシャが何者なのかロッドは知らない。…だが、グリシャがその力を奪ってエレンに継承したとて意味はなかった。この力はレイス王家の血を引くものでないと真の力が発揮されないのだ。
壁が破壊され、人類の多くの命が奪われ、人同士で争いあうこの愚かな状況も、フリーダがその力を持っていれば何も問題はなかった。なのに真の力を発揮できない者…エレンがその器であり続ける限り、この地獄は続く――。だからロッドは、レイス王家の血を引くヒストリアが必要だった。ヒストリアが巨人になりエレンを食べれば、全てを元通りにすることができるのだと。

ロッドは一本の注射器をヒストリアに渡した。巨人になれる薬の入った、注射器を。それを打てば、無垢の巨人になる。そして彼の背骨を噛み砕き、脊髄液を体内にいれればいいとロッドは説明した。
フリーダを姉のように慕っていたヒストリアは、最初は戸惑うものの、それが私の使命ならと覚悟を決めた。エレンを食べて、姉さんを取り返す。そして世界の歴史を継承し、この世から巨人を駆逐するのだと。

普段のエレンならそこで言い返していたかもしれない。でもエレンはそれをせず、ただただ苦衷を吐露した。親父が殺さなければ、ヒストリアの姉が全て何とかしてくれるはずだった。なのに自分と親父が巨人の力をあるべきところから盗んだせいで、一体どれだけ人が死んだだろう。とても償いきれない。だからせめて、ヒストリアの手で終わらせて欲しい。自分を食って、人類を救ってくれと。

エレンのそれを聞いて、ふとヒストリアは思った。どうして姉さんは戦わなかったのか。全ての巨人を支配する力を持っておきながら、レイス家は人類が巨人に追い詰められてから100年もの間、どうして巨人の脅威を排除して人類を解放してあげなかったのだろうかと。
…それは、この壁の世界を創った初代レイス王が、人類が巨人に支配される世界を望んだからだった。それこそが真の平和だと信じていた。だから継承者は誰一人として、この世界の真実を広めるようなことをしてこなかったのだ。

ヒストリアはそれを聞いて思い止まり、注射を打たずその場に投げつけた。ものすごい形相で名を呼ぶ父を背負い投げ、自分を騙して生きていこうとする己に別れを告げる。
ヒストリアはエレンを助けに走り、そしてロッドが、割れた注射器からこぼれた液体を舐め、巨人化した。


「――えぇっと…つまり…エレンの中にある巨人の力を仮に”始祖の巨人”の力としようか。…始祖の力はレイス家の血を引く者が持たないと真価を発揮できない。しかし、レイス家の人間が始祖の巨人の力を得ても、初代王の思想に支配され、人類は巨人から開放されない」


へえ、すごく興味ある。棒読みチックに、ハンジは寝そべったままそう言った。


「初代王曰く、これが真の平和だって?面白いことを考えてるじゃないか」

「つまり…まだ選択肢は残されています。オレをあの巨人に食わせれば、ロッド・レイスは人間に戻ります。完全な始祖の巨人に戻すことはまだ可能なんです」


巨人の力を持った人間を、巨人化した者が食べればその姿は人間に戻る。この原理を使えばロッドを人に戻すことは可能。あの高熱で項からそれを操る人間を出せないのであれば方法はそれしかない。…だが、


「そうみてえだな。人間に戻ったロッド・レイスを拘束し、初代王の洗脳を解く。これに成功すりゃ、人類が助かる道は見えてくると…そして…お前はそうなる覚悟はできていると言いたいんだな?」

「…はい」


それはイコール、エレンの死を意味する。トロスト区南門を岩で塞ぎ、土壇場で硬質化に成功しウォール・マリアの穴を塞ぐという希望を見出してくれた"人類の奇跡"を、失うということに。
それが実行されれば、ルヴについてもロッドに問い質すことができる。…しかし、エレンと引き換えにルヴの情報を手に入れたいかと聞かれれば、ハッキリとイエスと言えない自分がそこにはいた。

エレンの覚悟に全員が言葉を出せずにいて、そしてひどく動揺を見せていたのはやはりミカサだった。こうして取り返せた命を、あの巨人に食わせて終わらせるだなんて。そうしてエレンを失うなんて、ミカサには考えられなくて。


「エレン、そんなこと、」


させない。そう、ミカサが言う前に。選択肢はもう一つあると言ったのは、ヒストリアだった。


「まず…ロッド・レイスを始祖にするやり方にはいくつか問題があります。ひとえに洗脳を解くといっても、それはレイス家が何十年も試みてできなかったことのようです。また力を得たロッド・レイスをどう拘束しようと、人間の記憶を改善されてはかないません」


ロッドがあの場で語った事が全てだとも限らない。他にもこちらの知りえない不測の要素が多分にあると考えるべきで、むしろあの破滅的な平和思想の持ち主から始祖の巨人を取り上げている今の状態こそが、人類にとって千載一遇の好機なのだとヒストリアは言った。
エレンの父は、初代王から私たち人類を救おうとした。フリーダから始祖を奪い、レイス家の幼子ごと殺害したのも、それだけの選択を課せられたからなのだと。


「っそうだよ!あのイェーガー先生がなんの考えもなくそんなことするわけがないよ!」

「そう!レイス家の血がなくても、きっと人類を救う手立てはある!だからエレンに地下室の鍵を託した!」


ヒストリアの提案をアルミンとミカサが追い立てる。地下室とは何ぞやと馬の上で狼狽えているのはサシャとコニーの馬鹿コンビ。


「壁の穴を塞ぐ目途がようやく立ったんだ。…選択肢は一つしかねえだろ」

「…少しはマシになってきたな」

「私もそっちの選択肢に賛成だ。…でもいいのかい?ヒストリア…用がなければあの巨人をこの壁の中で自由に散歩させてあげるわけにもいかない。あのサイズじゃあ…拘束もできそうにない…つまり君のお父さんを」


殺す他無くなる。ハンジの言葉に、ヒストリアは少し俯いた。




――私にとっても、特別な存在だよ


話中のキーパーソン、双方の"お父さん"という存在。父のしてきたことを思うエレンの心情。父が間違っていると思いたくなかった、父に嫌われたくなかった、…でももうお別れしないとと言うヒストリアの心情。
今のルピには到底図れそうにない。自分にとっての父親という存在は、記憶の中に声としてしか残っていないから。


「…」


…どうしてそうなってしまったのですか。ルヴの名を出せば、こちらを向いてくれますか。父の事を聞けば、その動く手足を止めてくれますか。
エレンを失ってまでその情報を欲しいとは思えないけれど。でも、何か知っていたのならそうなる前に教えて欲しかったなんて、


「……」


ごうごうと蒸気を放つ巨大な塊に、ルピは諦めに似たため息を一つ送った。



back