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「撃てー!!」


ドンドンドン__!!


壁上めいいっぱい、そして地上にも等間隔に何十と並べられた固定砲が一気に火を吹いた。集中砲火を受ける巨人はその蒸気も相まって瞬く間に煙に包まれていき、その巨大な身体を一瞬白く隠す。


「さぁ…どうだ?」


動きは止まったかのように見えたが、徐々に煙が晴れ刹那そこから這い出てきた掌が力強く地面を叩いた。

それに臆すことなく「撃てー!!」と懸命に声を上げる駐屯兵団オルブド区支部長。攻撃を絶え間なく浴びせ続ければ、どれか一つでもうなじにクリーンヒットすれば。必ずここで止めなければとその思いを声に乗せる。


「…地上の大砲は更に効果が薄いようだ」

「当たり前だ…壁上からの射角にしたって対してうなじに当たってねえじゃねえか。どうなってる?」

「寄せ集めの兵士、かき集めた大砲、付け焼き場の組織。加えここは北側の内地だ…ウォール・ローゼ南部最前線の駐屯兵団のようにはいかない。だが今ある最高の戦力であることには違いない」

「あぁ…そりゃあ重々承知している。なんせ今回も俺ら調査兵団の作戦は博打しかねえからな。お前の思いつくものは全てそれだ」


「そうだな」とエルヴィンが返す。いつもそう、博打な作戦でも、それの遂行中にエルヴィンがその顔に焦燥などを浮かべたことはない気がした。一兵団の団長だからとか、そういうことでも無い気がする。…そう、エルヴィンはきっと、その作戦が必ず成功すると確信しているのだとルピは思う。


「――エルヴィン!持ってきたよ!ありったけの火薬とロープとネット。…あとコレ。向こう側にも同じものがもう一つ。一回撃てば引き金が固定されて立体起動装置と同様に巻き取り続ける」


そう言うハンジの隣、モブリットが持ってきた荷台。その上に乗せられた大きな樽の中身は火薬だろう。荷台の持ち手に括り付けられているのは立体機動装置のトリガー。アンカーを巨人の手に刺せば、そのまま巻き取られて壁上を走り、巻き取られた先―手に当たって爆発する仕組みだそうだ。


「ではリヴァイ、ジャン、サシャ、コニー。あちら側は任せた」

「「了解!」」


そうして両サイドに分かれ、それぞれが片手ずつを担当する。残ったチームはハンジが持ってきた火薬とロープとネットで巨大な爆弾作りに取り掛かった。


「作り方は…そうだな…大事な人への贈り物を包装するイメージだ」


大事な人への贈り物…ということはとりあえず丁寧に包めば良いという事か?とルピが一人反れた方向を考え。アルミン、ミカサ、エレンがせっせと作業を進める中。私もと手伝おうとするヒストリアにエルヴィンは近づいていった。


「勝手な話だが…ヒストリア…ここを凌いだあかつきには、君にはこの壁の世界を治める女王となってもらう。当然、こんな前線にいてもらっては困る」

「……私には疑問です。民衆とは…名ばかりの王に靡くほど純朴なのでしょうか?」


フリッツ王は偽物でした、本当の王様はヒストリアです、はいそうですか。と素直に受け取る人は一体どのくらいいるのだろう。王自身、そして中央憲兵がそう白状したと言っても、次の王様が兵団―しかも調査兵団に所属しているたった15歳の少女であること。そう、言ってしまえば、説得力がない。真の王家が台頭したからと言って、フリッツ家が果たした求心的な役割を同じように望めるのか。エルヴィンも頭の片隅ではそう思っていた。人類の尊さを思えば、現体制のままでもよかったのではないかと。この激動する世の状況、何を求めて何を信じればいいのかわからなくなっている民衆が大半であることは想像に容易い。100年も続いた体制を覆すというのは、そういうことだ。


「…そのことで私に考えがあります。自分の果たすべき使命を自分で見つけたのです。私が巨人に止めを刺したことにしてください。そうすればこの壁の求心力となって情勢は固まるはずです」

「……君の考えは理解したが…戦闘の参加は許可できない」

「団長、どうか…!」

「まぁ…もっとも…私のこの身体では君を止める事はできないだろうがな…」


エルヴィンは失った右腕に触れながらそう言う。片腕無くともその体格差があれば力尽くで止められるであろうに、そうしないのはきっとエルヴィンもそれが一番妥当だと考えているからなのかもしれない。
聞き耳立てずとも己の耳は既に事を把握しているだろうと、エルヴィンは自分の名を呼び、ヒストリアの護衛・後方支援を任じた。巨人が爆発した後、ロッド・レイスの位置を早急に特定、ヒストリアに知らせ、そして仕留める補助をと。


「ただし、ヒストリアが止めを刺せず、ロッド・レイスが次の行動に出ようとした場合にはその限りではない。今は求心力を高めるよりも、人類を救うほうが優先だからな」

「「了解です」」


どれほど巨体であろうと、本体は縦一メートル幅十センチの大きさしかない。本体を破壊しない限り、また身体を再生し高熱の盾を生み出すだろう。だが、ロッド・レイスが口にした液体は"無垢の巨人"になれるものと聞いている。知性を持つ巨人のものでないのなら、飛び出してきた本人を仕留めるのは容易いと思われる。
一つだけ懸念点があるとすれば、ロッド・レイスに会った事がないためそのスメルを把握していないことだ。火薬の匂いで鼻が効かなくなる可能性だって大いにある。飛び散る肉片の中でそれを見つけるには運も必要か。…と考えていた、その時。


「よし!うなじの肉を捉えている!次で仕留めるぞ!装填急げ――!?」


ヒュオオオオ_

突如風向きが変わり、蒸気と入り混じった熱風が壁上の兵達を襲った。白く濁った煙で視界不良となり、狙いが定まらず兵達は困惑の声を上げる。


「遅かったか…」


エルヴィンがそう呟いたと同時。蒸気が下から突き上げられるように動いた。振動によってより高く上がった蒸気で一瞬目の前の視界が薄くなるも、見えたのは真っ青な空ではなく、不気味な赤黒い塊。今まで地を蹴り続けていた細く長い巨大な手が空へと伸び、躊躇なく真下へと振り下ろされる。

ドオンという巨大な振動で壁が縦に揺れ、悲鳴が上がった。壁の淵をしっかりと両手で掴み、そしてその巨体をゆっくりと起き上がらせ、壁の内側で避難訓練と称して集まっていた人々の前にその姿を披露したそれ。一瞬静けさを取り戻したのもつかの間、次には甲高い悲鳴が辺りに轟いた。

「退避しろ」と支部長が声を荒げ、戦々恐々とする駐屯兵団達の中、意を決するかの如く頭から水を被る調査兵団達。火傷対策だ。ルピも続いて水を被り、フルフルと頭を振って余計な水分を飛ばす。
エルヴィンが信煙弾を構える。刹那閃光が迸り壁上に雷が一筋落ちた。


「今だ!攻撃開始!」


ハンジ特性爆弾が射出された。スピードを上げながらもしっかりと軌道に乗り、大きな小指の第二関節あたりに刺さったアンカーを巻き取りながら勢いよく壁上を走っていく樽を乗せた荷台は、その手に当たった瞬間に爆発を起こした。
両手に見事に命中し、大きな爆発音の後、その身体がグラリと揺れる。


「よし!体勢が崩れた!!」


脆く細い手は壁外へ落ち、顔諸共胴体は一直線に落下を辿る。


「エレン!!!」


エルヴィンの声を合図に、エレンは爆薬を持って走った。はたまたドオンという轟音と共に壁上に倒れこんだ巨体。爆発によって起こった煙と元々あった蒸気が交じり合い、その場をより白く染めた。壁上に落ちたであろうその顔はこちらからは確認できない。だが、エレンは迷うことなくその蒸気の中へと消えていき、そして、


ドゴォォン_!!!


すさまじい音と共に、肉片が当たりに散らばり飛んでいくのを目視する。エルヴィンの読みは当たった。エレンがしっかりとその大きな口に、爆弾のプレゼントを放り込んだのだ。


「総員!!立体機動で止めをさせ!!!」


エルヴィンの声を合図に、調査兵団は飛んだ。
飛び散った肉片の数は数えきれない。それは真っ青な空を埋めるほど、まるで隕石のようにオルブド区内へ一気に落ちていく。全ての肉片が目で追いきれるわけもなく、そしてやはり爆発の煙のせいで鼻は効かない。だが、人を包む肉片は他のとは"何か"が異なるはずだと、少しでも異変を逃さぬようにと目を機敏に動かす。


「!」


…そして、ルピはそれを見つけた。ヒストリアの姿を探す前にその名を呼ぶ方が早いだろうと声を発そうとしたが、瞬間、目の端に写った金髪。彼女が既にそれ目掛けて飛んでいるのを諒解する。
偶然か、意志か、血筋か、はたまたその全てか。

援護に回るため他の邪魔な肉片を削ぎながら、ヒストリアがそれを切った瞬間を、ルピはこの目でしかと見届けた。


ドォン_!!!


途端、起こった爆発。何が爆発したのか定かではないが、ロッド・レイスの死を告げる音であることは確かだった。


「ヒストリア!!」


爆発に巻き込まれたヒストリアはそのまま下へ落ちていく。ルピは急いでヒストリアを追った。




「――君があの巨人に止めを刺したのか!?」


ヒストリアは運よく、置いてあった荷台の荷物の上に落下したようだった。肉片の塊を削ぐ調査兵団を静観していた住民達が既にその周りを取り囲んでおり、ルピはとりあえず近くの屋根へと下りる。


「この街は救われたんだな!?」

「おい大丈夫か?怪我しているのか!?」


兵科は?所属は?と問う住民。兵服を纏っていないため、どこの所属の者が止めを刺したのか知りたいのだろう。イコールそれは、止めを刺した者が誰かを彼らが証明してくれることに繋がる。
暫く動かなかったヒストリアだったが、ゆっくり、そしてしっかりと自らその荷台の上に立ち上がり、そして、


「私は…ヒストリア・レイス。この壁の真の王です」


ハッキリとそう告げ、荷台から民衆を見下ろすその様は、まさに相応しく。

それを見届けたルピは安堵の顔を浮かべながら、気づかれぬようそっとその場を後にした。



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