超大型奇行種となったロッド・レイス―壁の真の支配者の討伐。オルブド区は外壁が多少壊れる程度の被害で済み、住民一人にも死傷者数を出すことなく、事は無事に終了した。
住民がその場で目撃証言者となったこともあり、ヒストリア・レイスが壁の真の王であるという話は新聞にされる前に瞬く間に広まった。説明の手間が省けたことは一番良かったかもしれない。公的な場―調査兵団からの説明よりも噂話の方が人の心を掴むのは至極当然だ。
エルヴィンとヒストリアはその後、王都ミットラスへと出向。残った調査兵団は駐屯兵団と共に巨人の亡骸の後始末および壁の修復を行っている。まだまだ休める暇はないが、その場にはもう緊張感も自分たちを咎めるものも何もない。調査兵団の濡れ衣が晴れ、加えて街を守ったことで、内地の人間からの目もガラリと変わったことはかなり大きいだろう。
「——何か聞こえるか?」
…そんな中。リヴァイとルピ、そして数名の調査兵は、事の発端の場―レイス領地、礼拝堂へと向かっていた。
「…いえ、特に何も」
ロッド・レイスの関係者、共謀を図っていた者達はこの後処罰対象となる。対人立体機動装置部隊もその対象だ。
ルピがハンジとアルミンと共に地下から出た際、それらの姿は無かった。マルロとヒッチがずっと礼拝堂を見張っていたが地下から一番に出てきたのは自分たちだったと証言したし、リヴァイ達がエレンとヒストリアを救出している際にもそれらの姿は無かったという。状況からして瓦礫の下敷きになってしまっていると考えるのが普通だが、それらの生死はハッキリさせておかなければならない。
「…奴らの遺体を見つけるまでは帰れんぞ。捜索を開始する」
「「了解です」」
暗闇の中で光り輝いていたそれらは、日中の明るさの中、遠目で見ても綺麗だった。
礼拝堂の地下空間も巨人によって造られたと、ロッドの語る始祖の巨人の話の中で聞いたとエレンが言っていた。ルピがこの輝きをどこかで見たことがある気がしたのは、様々な場面においてそれを見ていたから。…そう、それはアニがうなじを守る時。己の皮膚を硬質化させた時だ。恐らくこの地下の空間も巨人の硬質化の力によって造られたのだろう。
だが、アニの硬質化も、アニを覆った水晶も、ここまで光輝いては無かったようにも思う。閉ざされた地下空間という環境の中で性質が変化したのか、はたまた始祖の巨人特有の力だからかは定かではない。
森と地下の二手に分かれて捜索するようリヴァイに命じられ、ルピは捜索犬として穴に入ることになった。
緑に囲まれた中にぽっかりと空いた大穴、それを埋め尽くす輝き。その中に、見るも無残なご遺体があるのかと何だか複雑な気持ちになりながら、ルヴになり穴の中へと降りる。
異様な雰囲気と臭いは、穴に入る前からずっと漂っていた。そこら中にある腐った血の臭い。押しつぶされた胴体、誰かも分からなくなってしまった頭部。「酷えなこりゃ」と誰かが呟く。巨人に喰われたものよりも遥かにマシなのかもしれないけれど、
「——リヴァイ兵士長!」
…暫くして、森を捜索していた一人が声をあげた。上から穴の中をずっと見ていたリヴァイがそれを振り返る。
ルピ的にはこの捜索にリヴァイは必要無かったのではないかと思っていた。彼らだって、クーデターが成功したことは礼拝堂で戦う以前に把握していた筈。そしてロッドが亡くなり、戦う意味も無くなった。仮にそれらが生きていたとしても、そこに戦意はなく拘束するだけで終わる。要するに、下っ端でも十分対応可能だ。…なのに何故、リヴァイがここにいるのか。
「長身の男を一人発見いたしました…!」
「「…!」」
穴の中から見えていたリヴァイの姿が途端見えなくなる。ルピはその足音が遠ざかっていくのを聞きながら、静かに捜索を再開した。
===
オルブド区での活動の全てを終えた時には、太陽は既に壁の向こうへと隠れようとしていた。
明日はヒストリアの戴冠式が行われるとのことで、調査兵団一行はそのままオルブド区駐屯兵団支部に滞在することになっている。
ハンジを通して案内された部屋は今まで過ごしてきた部屋の半分くらいの大きさで、ベッドが二つと簡易な箪笥が一つ。そんなに大きくない兵団支部、急遽押しかけてきた調査兵団に部屋を貸与するにあたって、たかが自分一人にベッドを二つ供給する余裕など無いだろう。じゃああと一人誰がこの部屋を使うのかなんて、今更な問いだ。今までずっとリヴァイと一緒の部屋を使ってきた。出先でも二人は同じ部屋を使うという暗黙の了解がそこにはあるのだと思う。
だが、ルピは少なからずそれに緊張感を覚えていた。今まで使ってきた部屋ではなく、知らない土地の部屋でリヴァイと過ごすということ。何故か平静を保てずにいる。何故だろう、分からない。リヴァイと二人きりになるのが随分と久々だからだろうか。
「……」
あれからルピはリヴァイの姿を一切見ていない。長身の男―ケニーを発見した兵士が「先に戻って報告するように」と彼から指示を受けたと言ったため、捜索終了後、そのままオルブド区へと帰還したからだ。
その兵士から聞いた話だが、ケニーは顔から身体にかけて酷い火傷を負っており、樹の幹を背もたれにしてだらりと座っていたそうだ。自分が近づいても話しかけても動かず、荒い息を繰り返していたと。直接的な言葉はその兵士からは出なかったが、死に瀕していたのだと思う。
遺体の数は正式には分からなかったが、対人立体機動装置部隊全員がロッド・レイス巨人化に伴う地盤崩落で亡くなった。もしこれが巨人だったならば。エレンやジャンは「ざまあみやがれ」と悪態をついていただろうか、なんて。
「……!」
足音が聞こえる。よく知った、よく聞いた足音が。
脳裏に浮かぶのは、ケニーの元へ向かうリヴァイの後頭部。話の流れで聞いていただけだが、ケニーに育てられ一緒に暮らしていたと言っていた。言いぶりからはヒストリアやエレンの定見する"父親"とは違う類、どちらかと言えば自分とファルク達と同じ方だろうなと思ったがしかし、きっと自分がファルク達に抱いていた感情の類とは違うことも分かっている。…リヴァイにしか分からない、二人の関係。そんな人と一時は殺し合いになった。リヴァイがその時その時でどういう心境だったのかも分からないけれど、
ガチャリ_
ずっと彼の側で彼という人を見てきた。冷たくて暴力的だけど仲間想いで規律はしっかり守る潔癖症。自分の前では一切弱音も弱さも見せたことがない、人類最強の男。…でも、あの時だけは、その後頭部に、それの成す足音に、寂寥があった気がした。もう長くはないと悟り、最期の時を二人だけで過ごして、彼は、
「!」
「っ、おかえりなさい」
扉を開ければ目の前にルピが立っていた。驚いた。いつもどおりベッドの上で座って待っているとリヴァイは思っていたから。
「どうした」
「…………いえ…その…」
無意識だった。足音が聞こえた時から、無意識にその方へと身体が動いていた。今までそんなことしたことがない。…いや、一度はある。かなり初期の頃だ。でもあの時は無知で、その時抱えていた不安からの行動だった。今は何故そんな行動に出たのかすらわからない。
リヴァイもその自分の行動に驚いたのだろう。いつも変わらない表情が今は大きく変化している。
「な、なんでもないです…」
音に表せばまさにソワソワ、といったところだろうか。気まずそうに視線を逸らし踵を返しベッドに戻ろうとするその手をリヴァイは咄嗟に掴んで、無理矢理己の方に引っ張った。
「…!」
何の衝動だろう。それに名を付けろと言われても思い浮かばない。その顔を見て、咄嗟に、今まで離れていた距離を、離れていた時間を、埋めなければと思った。ただそれだけな気もする。
色々な事が一気に起こり、怒涛に過ぎていった日々。自分が足を悪くしてから離れて行動することが多くなり、事態をずっと最前線で過ごしてきた彼女をゆっくり労ってやる暇もなかった。行動を共にするようになってからも、一人の兵として、兵団の要として心臓を捧げて続ける彼女とゆっくり話す暇もなかった。
久方ぶりの部屋の中で二人きりの情況に、己を待っていたその姿に、何かが大きく揺らいだことだけは確かだ。一気に気が抜けたのかもしれない。俺たちはあの頃の"日常"に戻ってきたんだって。
だからそう、ケニーの事など関係ない。…関係、ない。
「…………」
暫しの沈黙。リヴァイは己の肩に顔を埋めて動かない。
どうしたらいいか分からないからとりあえず動かないでいる。自分の心情が穏やかなままでの抱擁など初めてで、平静を保てていなかった心はより一層騒めいていく。不快な騒めきじゃない。でも、嬉しいというより、このドキドキは、照れくさいが優っている気もする。
「……やっと終わったな」
「はい。お疲れ様でした」
彼の心情は分からない。でも、少し落ち着きを取り戻した自分の心は、今の情況に心地よさを感じている。背中に回る腕の逞しさ、首筋にかかる吐息、肩にかかるサラサラな髪。…あぁ、彼は生きている。そして私も、生きている。ここに存在する当たり前の事実を改めて実感し、それだけで充分満たされていく空間に溶けるように。
ルピはそっと目を閉じた。