コンコン
ノックの後、「どうぞ」の声を合図に、中へと入る。エルヴィンの部屋より幾分広い総統の部屋には思っていた程何も無く、ただ広いだけの印象を受けた。
「失礼します、総統」
見知った顔ばかりが入ってきたと思っていたのだろう。エルヴィンの後ろからひょっこり現れた自分に気付き、目が合い、しばし凝視を食らう。普通なら「初めまして」の挨拶から始まり敬礼をするのであろうが、ルピがペコリと小さくお辞儀をすれば、ザックレーも釣られてか小さく会釈してくれた。
「揃いも揃って。急用かな?」
「総統。我々調査兵団は今まで、壁外調査で得た情報を包み隠さず報告してきました。…しかし一つだけ、報告を意図的に伏せ、長きにわたり内部の機密として隠し続けてきた情報があります」
「…ほう」
立派な髭を撫でながら。エルヴィンと会話をしているのにザックレーはルピから視線を離さなかった。恐らくもう気付いているのだと思う。今まで見たことない人物に、何か秘密があるということを。
「ご紹介が遅れましたが、この子はルピ・ヘルガー。5年前のウォール・マリア破壊時から3か月間…破壊後の壁内で生き延び、壁外調査時、リヴァイにより保護された子です」
「この子のその特殊能力についてお話があります。…出来れば、ナイル―憲兵師団長、ピクシス指令も一緒に——」
***
そうして数十分後、ナイルとピクシスがザックレーの部屋に到着した。兵団のトップ達が集う中は、104期達といる時とは別物。空気が引き締まるのをルピは感じた。
ナイルも初めましてだが、杜撰な憲兵のトップには見えないほど至極真面目そうな印象を受けた。思うところはあっても貴族達には頭が上がらなかった、というところか。エルヴィンの同期らしく、クーデター時には貴族に反抗心を向けたと聞いている。
そうして早速、ルピの能力についてハンジが説明を開始した。ルピが言われたとおりに変身すれば場は一時騒然となったが、至極当たり前の反応かと思い然程気にはしなかった。
一通りの能力をハンジが、機密事項にした経緯等をエルヴィンが淡々と語っていく。ザックレーは相変わらず髭を撫で続け、ナイルは警戒するように己から視線を外さなかった。
「私は…ルピは壁外から来た可能性が高いと見ています」
「!……それは壁の破壊を目論む者達と同じ…ということか…」
「しかし、最初に壁が破壊されてから5年以上…訓練兵時代も含め、彼女は一兵士として、調査兵団の主戦力として心臓を捧げてきています。エレンを連れ去ろうとするライナー達に果敢に向かい、一人その後を追い、阻止にも貢献している」
「外側から来た人間である事は同じかもしれませんが、彼らとは全く別で——」
「だがしかし、この子は人類の敵ではない。という証拠はない…ということであろう?」
「……言ってしまえば、その通りです。ですが彼女の活躍によって調査兵団の戦力が維持できていると言っても過言ではありません。彼女の能力が無ければ兵団としての被害は倍、それ以上となっていたでしょう」
「…ワシも黙っておったが、一時は駐屯兵団の羽翼でもあった。ラガコ村で発生した巨人出没事件後の壁内の安全確認はこの子に一任しておった。その能力のおかげで一週間で安全宣言が出せた…というワケじゃ」
「ルヴの秘密もシガンシナ区―エレンの家の地下室に眠っている可能性が高い。シガンシナ区奪還はコイツの能力無しでは達成し得ない事は調査兵全員が思っている。…"処遇"を本格的に決めるのであれば、それからでも遅くは無いだろう」
皆が、そしてピクシスが。ザックレーとナイルを説得するために自分の"良いところ"、自分の無害さをアピールしてくれているのをヒシヒシと感じていると、…暫く黙っていたザックレーが「元に戻れるかね」と言うので、ルピは素直に従った。
「…ルピ・ヘルガーよ」
「はい」
「調査兵団として数々の活躍、そして駐屯兵団にも手を差し伸べ、壁内人類の為に相当尽力してくれたことにまずは感謝を」
「はい、ありがとうございます」
「シガンシナ区、そしてウォール・マリアを再び人類の領地として取り戻す事…壁内全人類が望んでいることだ。…君一人になってでも、その力で達成出来る自信はあるかね?」
「はい、勿論です」
真っ直ぐ自分を見てくるザックレー。ルピも真っすぐにザックレーと向かい合い、ハッキリと意志を示した。
その言葉に偽りはない。巨人の駆逐、壁を取り戻すため、仲間の屍を越えて懸命に心臓を捧げてきた。人類の希望と謳われる事に応えるために。これからもそう、ずっと。…そうだろう?
「…エルヴィン、この子の事を秘密にしていたことに関してはまずは不問としよう。幹部たちには私から伝えておく。…今はなにより、シガンシナ区奪還が第一だ。調査兵団として最高の戦力を集結させ、挑んでくれたまえ」
「ありがとうございます、総統」
「……人類の希望が絶望に変わらないことだけは、祈っておくよ」
ザックレーの最後の言葉、その声は普通だった。笑顔もあった。…でも、ズキリ、とルピの心に重く響いた。
ええ、では失礼します。そうとだけ言ってエルヴィンが部屋を出ていく。リヴァイとハンジが踵を返すのを待って、ルピも続いた。
「…あの爺さん、まったく嫌味な言い方をしやがる。気にするなルピ、ただの戯言だ」
「…まぁまぁ、こればっかりは仕方がないと思うよ。ルピに敵意がないことくらい私たちが一番良く知ってるからいいんじゃない」
ねえエルヴィン?そういうハンジの声の後の会話は、あまり耳に入ってこなかった。
ドクリドクリと久々に感じた嫌な鼓動の音。最後のザックレーの笑顔が、頭にこびりついて離れそうになかった。