03



——あれから、幾日かの時が過ぎた


戴冠式後、女王となったヒストリアは調査兵団から退団。王都ミットラスに居住を置き、壁内の政治に携わるようになった。

ヒストリアは貴族だが、他の貴族とは全く違う資質であることは言わずもがなであろう。彼女はまず地下街から壁の端から端まで調べ上げ、孤児や困窮者を牧場―レイス領地に集めて面倒を見ることを推し進めた。これには地下街出身のリヴァイの後押しもあり、王室の公費や没収した議員の資産をその運営に回したり貧困層の支援に充てた。貴族の反発があるかと思われたが、個々の利益を優先した者達の政治よりずっと民衆に寄り添った政治は、結果的に民衆の指示をより固めることとなっている。

内乱に敗れた旧体制への懲罰も粛々と行われている。議員一族及び関係者の爵位を剥奪し、各地方の収容所に送り込み、残された貴族階級には兵団に協力的な者と反する者の間で税率の格差をつけ、団結を阻害した。人間同士の争いに終止符を打ちシガンシナ区奪還へ向けて動き出すため、容赦ない粛清は必要不可欠であった。

そのため内乱による死者以上に人類の中枢にあたる人材を失うことになったが、得たものも大きかった。
これまで中央憲兵によって抹消されてきたとされる技術革新の芽は、一部の中央憲兵により秘密裡に保持されていたことが判明。兵器改良の予知へと繋がった。
レイス家領地の広大な地下空間で光り輝いていた、巨人の硬質化によって出来ていたものは光鉱石と呼ばれ、エネルギーを消費しない資源として住民に還元されたり、工業地を日夜照らし生産性を向上させた。

政治にはエルヴィンとリヴァイが、兵器改良にはハンジが。レイス領地の牧場整備、そしてエレンの巨人化・硬質化の更なる実験には主に104期兵が携わるようになり、それぞれが着々とシガンシナ区奪還への準備を進める中。
…ルピは、ルピにしか出来ない任務の遂行を開始している。






Beherrscher







「――近くに巨人の臭いがあります。注意してください」


ルヴを解き人間に戻って言葉を発せば、辺りの空気が引き締まるのを感じた。人間に戻る度に闇夜の暗さ、そして後ろから照らされる光のコントラストに目が慣れず、目をしぱしぱさせながらゆっくりと歩みを進める。

夜間に遂行するのはどうだろうといつかアルミンが提案し、加えてルピがいれば少人数で遂行できるとされた、シガンシナ区奪還へのルート開拓。日没後から夜が明ける数時間前までの夜間任務。夜勤は交代制、ハロルド班、マレーネ班、クラース班―ハンジ分隊の各班と共に小隊を結成してルートの確保を行っている。


「うぉ!!っ巨人発見——!!」


仰天の声から報告の声への切り替えは早く、その声の主が光を向けた方向へ皆が一斉に光を向けた。
松明より蠟燭のランプより、幾分辺りを照らしてくれる光鉱石。一度消したら再度点けなければならない火と異なり日中も輝き続けるそれは、工場の生産性を高めるだけでなく、夜間遂行されるシガンシナ区奪還ルート開拓にかなり役に立っていた。


「…本当に寝ている。こんな至近距離でも襲われないなんて…」

「…お前討伐数少ないだろ?やっていいぞ」

「いいんですか!?やった!」

「おい声がデカいぞ!起きるかもしれねえ静かにしろ!」

「…そう言うお前の声の方がデケェだろ」


初期こそミケ分隊の班―ナナバやゲルガーといることが多く、そして最近はハンジ班の面々と行動することが多かった為、ハロルド、マレーネ、クラースとはあまり交遊はないものの、顔はよく見知っている。言わずもがな3人とも自分の活躍を―今まで散々救われてきたと、皆先輩なのに自分の方が上の立場のように接せられる事は少し違和感だが、それでも長年共に壁外で戦ってきた仲間との任務の遂行は気が楽だった。


「壁内でも暗闇を歩くのは気が引けるのに、壁外の暗闇を歩く日がくるなんてな」

「あぁ。…それもルピの能力のお陰で幾分気が楽になっているだけだ。ルピ無しで夜の壁外調査なんてまっぴらごめんだぜ」


この数か月で調査兵の数が極端に減ってしまい、現在、憲兵団から駐屯兵団にいたるまで、調査兵団への勧誘が行われている。最大目標であるシガンシナ区奪還、より多くの兵の協力は必要不可欠。
志願者は続々と集まっていると聞いた。そしてあのマルロもその手を高々と上げたらしい。"スパイ"として活動したことが―いやそれが無くとも彼は志願していただろう。シガンシナ区奪還に向けて意気揚々としている彼の姿は想像に容易い。

専ら"新兵"は巨人討伐の訓練、壁外調査での行動指針等を学ぶのが主となっている為、夜間ルート開拓任務には参加していない。夜間の壁外調査である為それなりに手慣れた兵が行うのは当たり前であろうが、それも気が楽である理由の一つに含まれる。


「…討伐確認。今の音で巨人が寄ってくる可能性がある。警戒しろ」

「「了解」」


ザックレーとナイル、そしてその後幹部達にだけ告げられたルピの能力。最初は訝しげに話を聞いていたザックレーもナイルも、エルヴィンやリヴァイ、ハンジの話から自分の能力が人類に有益でありライナー達とは異なる存在である事は分かってくれたと思っている。よって勧誘および奪還準備がひと段落し、新たな調査兵団体制が整ったあかつきには新兵にも事前説明が成されるだろう。


「ルピ、どうだ?」

「足音はありません」


…だが、ルピは自分が有名になり、自分を知る新参者が増えていくのがだんだん億劫になってきていると感じている。


「……それは壁の破壊を目論む者達と同じ…ということか…」

「だがしかし、この子は人類の敵ではない。という確証はない…ということであろう?」

「…人類の希望が絶望に変わらないことだけは、祈っておこう」


壁内の元最高権力者でありながら巨人の全てを把握しているロッド・レイスも"認知していない"、ルヴという存在。そして自分を慕う者でない、権力者達からの言葉。エルヴィンの「言ってしまえば、その通りです」、リヴァイの「処遇を本格的に決めるのであれば」という言葉が、ずっと頭の中をぐるぐるしている。

エレンの処遇を決めた経緯は覚えている。あの時は何も思わなかったが、自分もそういう立場にあったということ。最初は調査兵団だけに留められた機密事項が壁内全体に公になるとなれば。本格的に行うということは、エレンのように政治的審判を下されるということになる。
エルヴィンやリヴァイ、ハンジは自分が味方であると100%思っていて敵であるという考えが一切無いから。ミカサもアルミンも、104期達も。自分を元から慕っていたから何も言わなかっただけ。マルロとヒッチはクーデターの最中、混乱に乗じていたからこそ何も思わなかっただけ(マルロは単に羨望であろうが)。

ルピは改めて思い知らされる羽目になる。
…自分はまだ、天秤の上にいる存在だということを。


「……」


巨人は悪、巨人になれる人間も悪、その中で壁の破壊を目論む者は悪。そして、人類の存在を脅かす存在だった政府も悪となった。どんどんと悪が明るみになり排除される中で。…得体のしれない自分は善なのか、悪なのか。壁を統治する者にとっては、それだけが全てになる。
今は皆シガンシナ区奪還を第一に、そして巨人の殲滅をより一層切望している。その全てを達成したあかつきには。地下室において巨人の秘密、そして自分の秘密が白日のもとに晒されたあかつきには。


——あんたは、こっち側の人間だ




矛先が、自分に向くのではないかなんて、




「——よし。じゃあルピ、先へ進もうか」

「、はい」


言われてルピは即ルヴになった。自分の声色も顔色も伺われないこの姿、今だけはとても便利だと思えた。



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