数日後。ルピはまた昼前に叩き起こされた。
今度起こしに来たのはアルミンだった。「また新武器ですか」と聞けばエレンの硬質化の能力で今度は兵器を生み出したらしい。エレンが得た硬質化の能力は、シガンシナ区の破壊された門を塞ぐことに期待されるばかりではなく、とある対巨人兵器を誕生させたというのである。
「——やぁ〜ルピ!またまた悪いねえ!」
「いえ、ハンジさん。…リヴァイさんも、おはようございます」
「あぁ。もうこんにちはの時間だがな」
「ルピ!!見ていてくれ!!今日また人類が巨人に打ち勝つ記念日となりそうなんだ!!」
「?」
新武器のお披露目時には見せなかった滾りがそこにはあった。真下に巨人がいるからだろうか。
トロスト区―エレンが塞いだ南門の上。ルート確保の為に壁上には毎日登っているが、馬用のリフトは南門より離れた位置に装着するため、この場自体にルピが来るのは久々となる。南門で何かの実験をしているとは噂程度では聞いていたが、あまり気にかけることはしてこなかった。
壁上には調査兵団以外にも、珍しく一般人が多数いるようだった。聞けばどうやら今日はこの兵器の何度目かのお披露目会らしく、新聞記者が多数来ているそうだ。
対巨人兵器。壁上固定砲等の砲台とはまた別の新たな兵器が出来るとあって、大層な期待が寄せられているのが分かる。
壁と垂直方向に頑丈に固定され設置された長い柱。その先に繋がれた丸太のようなもの。丸太と言っても樹ではなく、輝きと色からしてエレンの硬質化によって造られたものだろう。内側の巨大な岩はそのままに、壁の外側の方には巨人が一体入れるか入れないかだけの隙間が生成されており、立体機動を装備した人がそこへ巨人を誘き寄せていく。近くにいる巨人は三体程だが、一体がその入口に手を伸ばした。やはり身体は入らないようで、しかし目の前の”ご馳走”にありつきたくて、手を伸ばし、首のみを奥へと突っ込んでいく。そして、
「今だ!!」
誰かの声を合図に、丸太を繋いでいた鎖が外れ、それは一直線に真下へ落ち、巨人の首へ鉄槌を食らわせた。
「やった!うなじに当たったぞ!」
「損傷の度合いは悪くなさそうだ…今度こそは…」
丸太に押しつぶされた巨人はピクリとも動かなくなり、そして数秒後にはシュウウ、とうなじから上がる蒸気を確認。それは、巨人が死んだ紛れもない証拠。勝利の狼煙だった。
「うおおおお!!」
「やったぞ!!12m級撃破!!!」
周りから大歓声が上がる中、一緒になって見ていたエレンは安心したのか「やった…」と小さく呟きながらその場にへたり込んだ。いつものエレンなら他の者と同じように大喜びを見せた筈だろう、そうではなかったことがルピは少し気がかりだったが、
「思った通りだ!これなら兵士が戦わなくても巨人を倒していける!それも大砲や資源も消費せずに、日中フル稼働で巨人伐採しまくりの地獄の処刑人の誕生だ!!」
大滾るハンジの声を久しぶりに聞く気がして、ルピはハンジの方に視線を戻した。
「さぁ!!新聞屋さん方!!またまた人類に朗報だ!!飛ばせ飛ばせ!!早いもん勝ちだ!!やったなエレン!!これを大量に造って他の城塞都市にも——?!」
そうして振り返ったハンジの尻すぼみになっていく声にルピもその顔の先に視線を動かせば。…鼻血を出すエレン、そしてハンカチを差し出すリヴァイの姿。
「エレン!?」
「おそらく巨人の力を酷使しすぎたんだろ。このところ、硬質化の実験ばかりだったからな。…こいつが生み出す岩が無限にあるとは思わない方がいい。こいつの身を含めてな」
リヴァイのそれに、滾っていたハンジの勢いは消えていた。
「すまないエレン…自分の発想に夢中になってしまって…」
「……謝らないでくださいよハンジさん。オレがちょっと疲れたくらい何だって言うんですか。こんな凄い武器が出来たんですよ?もっと増やしましょう。誰も喰われずに巨人を殺せるなんて…」
確かに、凄いことだ。巨人の能力で巨人を殺すという発想。何十年もの間生まれることのなかった新兵器、なにより資源を消費しないことはかなり大きなメリットである。しかし対照的に消費されるエレンの体力には限界はある。硬質化を続けていれば精度も上がり体力もついてはくるだろうが、焦って酷使し続けては意味がない。…巨人の力を持つ人間の中で、人類の為に有益に使おうとしてくれている"味方"はエレンだけなのだから。
「後はウォール・マリアさえ塞げば。こいつで巨人を減らし続けて、ウォール・マリアから巨人を一掃できる。早く…武器を揃えていきましょう。シガンシナ区に…!」
…ずっと行きたかった地下室。そこに眠る自身とその父親、人類の真実。そして、母を殺したと言っても同然の宿敵たちとの戦い。
自分よりも、もっともっと多くの葛藤を持っているであろう。一番焦っているのはエレン自身かもしれない。
彼も、そして兵団皆がそれぞれ頑張っていること。改めて感じたルピはルート確保への意欲を一層高めるように、深く意気込んだ。
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「——ほう…巨人の処刑台か。よくやってくれた調査兵団」
その日の午後、兵団幹部会議が開かれた。シガンシナ区へのルート確保の進捗状況について話す際、実際に出向いている奴がいてもいいだろうということで、ルピもついでに参加することになった。
「ウォール・マリア奪還が現実味を増してきたな。シガンシナ区への夜間順路開拓はどうなっている」
「はい。現在で半分を超えた距離まで確保しました。これもあの光る鉱石があって成しえた作業進度です。…そして、言わずもがなこの子の能力と」
エルヴィンの半分と言ったら大袈裟に聞こえるだろうが、それほどの座高しかない者に一斉に視線が向けられた。
ザックレーは幹部には自ら説明しておくと言っていたが、実物を見たことがない彼らは訝しむように己を見ている。しかし本人がいるこの場で反論を唱えるもの出ず、質問すら飛んでこなかった。何と言って説明をしたのかは分からないが、とりあえずは皆許諾していると解釈して良いだろうか。
「これでウォール・マリア奪還作戦を決行する日が見えてきました。例の新兵器の実用導入を含め、およそ一か月以内に、全ての準備が完了いたします」
「…思いの外早いな。しかし失敗は許されんぞ。なんせ我々兵団が重税を科した貴族の反乱を抑えられているのも、調査兵団への破格の資金投資も、全て失われた領土の奪還が前提なのだからな。それをしくじれば全てご破算だぞ」
「……」
「…兵士長殿。何かご進言でも?」
「…いえ、何も。おっしゃるとおりかと」
「全てはウォール・マリア奪還の大義の下。…我々は壁の外でも壁の中でも血を流し合いました。我々といたしましては、そのために失われた兵士の魂が報われるよう、死力を尽くし挑む所存です」
「あぁ…君もそろそろ報われてよいはずだ。シガンシナの地下室に君の望むタカラが眠っていることを祈っているよ」
ワンコロの秘密もね。そう言って微笑むザックレー。ワンコロの意味も気にはなったが、ザックレーは一体どっちの意味でそれを言ったのか、その方がルピは気になった。
今までそう、自分の行動の決定権はエルヴィンそしてリヴァイにあって、しかし二人共自分の存在を脅かすような言動はせず寧ろ脅かす者を排除しようと、常に自分を必要としてくれていたから、何も思うところはなかった。
だが、壁の中のトップが自分の存在を認知したことによって、状況が変わった。今まで確立してきた己の"地位"が無に返される可能性が生まれた事によって、彼の言動一つ一つを恐れている自分がいる。
「——では、会議はこれにて」
その後の話は、あまり頭に入ってこなかった。ザックレーを見ればシガンシナ区を奪還した後の事ばかりを考えるようになってしまっている。
…できればそう、奪還し地下室で秘密を見るまでは、もうお会いしたくないな、なんて。
「…ルピ、この後はもう出発だろう。部屋に帰って少しでも休んでおくように」
「はい、ありがとうございます」
「もう昼間起こしに行くことはないと思うから安心して!これ以上起こすとリヴァイが、」
「…俺が何だ?言ってみろ」
「っじゃあねルピ!!気を付けてね!!」
「…無理だけはするな。エレンもそうだが、お前の身も無限ではないんだからな」
「…はい、ありがとうございます」
クシャリ、ポン。軽くなでられた頭。手を振るハンジ、微笑むエルヴィン。…あぁ、この光景を見るのは何時ぶりだろう。いつでも彼らは自分に安心を与えてくれる。不安になっても、彼らがいれば、大丈夫。
「行ってきます」そう言ってルピは、心軽くしてその場を後にした。