06



ドゥン__!!


激しい落雷に似た轟音の後、歓声が聞こえた。「すごい」「速い」「あれが歴代最高峰の動き」等、次々と誉め言葉が耳から入り脳に溶け込んでいく。


「流石ルピさんだ…!あの滑らかな動き!!立体機動装置と心を通わせていると言っても過言ではな、」

「口動かす暇があったらお前も心を通わせてみろ!マルロ!」

「っ巨人化はずるいぞエレン!!」


エルヴィンがおよそ一か月以内にはと言った通りルート開拓は順調に進み、夜勤の回数もだいぶ絞られてきたため、ルピも日中の訓練に積極的に参加するようにしていた。
巨人化したエレンを敵と見做した立体機動の訓練、雷槍の撃ち込み訓練。特に対巨人エレンは、巨人との戦闘に慣れていない新兵達にとってかなりの実践経験となっていた。


「ずるいなんて実践では通じないよ?マルロ」

「ウォォォ__!!」

「っく!!見ていてくださいルピさん!!」


新たに調査兵団所属となった者達の顔ぶれも大分把握してきた。自分が歴代最高峰の成績を修めた猛者であることを新兵たちにバラしたのは言うまでもなくマルロ。とっつきにくいリヴァイと違って話しかけやすそうという印象があるのか、それから新兵達の質問攻めに遭ったことも言うまでもない。

自分が動くたびに熱く語るマルロ、そんなマルロを抑えようとするエレン。君は元々そっち側だったんだぞ、なんてアルミンがつっこみ、ジャンは死に急ぎ野郎が二人に増えてしまったと嘆いたりして。
ああでもない、こうでもないと遠慮なく言い合う彼らを眺めていると、自然と追憶が―104期訓練兵と過ごした日々が引き寄せられた。しかし今ここにあるのはもう、何も知らなかった頃の純粋な面影ではない。彼らですら入団してまだ数か月しか経っていないというのに、その短い時間で一生に一度経験するかどうかの出来事を幾つも乗り越えてきたこと。それを思えば、表情も佇まいも以前よりずっと逞しくなっているとルピは思いながら、一生懸命エレンの周りを飛び交うマルロに手を振った。


「どうルピ、雷槍には慣れた?何か改善点とかあったら教えてほしいんだけど」


…変わらないことが一つだけあるとすれば、自分の立場だろう。あの時あの場所にいた自分と同じ。今の自分は、気軽には口にできない機密を抱えたまま輪の中に居る。


「そうですね……"長い"から扱いにくいくらいでしょうか」


ハハハ、とハンジは笑い「技術班に打診してみるよ」と言って去っていった。

…この後―昼食後、調査兵団全体の集まりがあり、そこでようやく新兵にも自分の能力を説明するとエルヴィンから聞いている。ルピはいつもの如く「わかりました」としか言えなかった。確実に近づいているその日のために自分の能力について新兵達に公言しておくのは必須ということは分かってはいたが、いざその時になるとソワソワした感覚が身体から離れない。


「ルピさん、立体機動の動きで質問が…」

「はい、何でしょうか」


目の前でトリガーをカチャカチャする女の子、俺も俺もと寄ってくる男子達。その真剣な目の色が、自分の秘密を知ったら色褪せるのではないだろうか、なんて。

…いつからか、人と目を合わせて話すことを避けている自分がいた。


===


相変わらず調査兵団について熱く語るマルロの話を白い目で流す104期達との会話を楽しんだ昼食後。エルヴィンら調査兵団幹部が皆の前に並んだ。ルピは呼ばれなかったため、そのままミカサ達の隣に座ったままでいた。


「今日、この場へ集まってもらったのは他でもない。シガンシナ区奪還最終作戦へ向けて、いくつかの重要事項の説明をしなければならないためだ」


そうしてエルヴィンは間髪入れず、左胸の内側ポケットから、小さな長細い箱を取り出した。大事そうに蓋を開き、皆に中身を見せる。——注射器と、その半分くらいの大きさの小さな瓶がそこには入っていた。


「この注射を打った人間は、巨人になる。その巨人とは…我々と最もなじみが深く、最も多くの人類の命を平らげてきた、あの知性の欠片もない巨人のことだ」


エルヴィンの言葉に声は上がらなかったが、会場全体の空気がどよめいたのを感じた。そんな事が出来るとは微塵にも思っていなかったであろう者達の至極普通な反応だろう。
ルピは注射の話こそ知ってはいたが、注射器とその薬の存在までは知らされていなかった。どこで手に入れたのだろう、レイス領地の捜索時に見つけたのだろうか。


「諸君ら兵士に知らせたとおり、巨人の正体は人間であったと考えられている。今日説明するのはこの注射薬の最も有効な活用方法についてだ。…この薬を使えば、超大型巨人や鎧の巨人、獣の巨人らの力を奪うことができる。…その術とは、この注射を打たれた者が巨人となり、巨人化できる人間を食らうこと。正確には対象の背骨を噛み砕き、脊髄液を体内に摂取することである。そうすることで一旦は知性の無い巨人となった者も人間に戻り、我々の誇るエレンのように巨人の力を操る人となるのだ」


ここにいる全員にそれを担う可能性と覚悟を求める。エルヴィンは力強く言葉を発した。

今作戦の優先目標が知性を持つ巨人の死滅並びにウォール・マリアの奪還であることに変わりはない。だが、条件と状況次第では相手の巨人の力を手に入れることができる。あの三体のうち一体の力が手に入るのであればかなり有力、積極的に奪いたいところではある。それが果たせれば巨人の力や情報を得られるばかりでなく、瀕死に至った人間をも蘇らせることができるからだ。


「つまり…注射を打たれる者は重傷者が優先される。もし巨人の力を持つ敵を捕らえ四肢を切断した後、安全が確保されたなら、リヴァイ兵士長を呼び求めよ。この薬の使用権はリヴァイ兵士長に託してある。くれぐれも承知して欲しい。注射薬はこの一本限りだ」


そうしてエルヴィンは注射器の入った箱の蓋を閉じ、リヴァイに渡した。…話はそこで終わるかの様に見えたが、


「だが、この注射薬を使用できない者が一人いる。——彼女だ」


そうしてエルヴィンが視線を向けた先。視線が交わったのは、紛れもなく自分だった。


「リヴァイ兵士長に並ぶ調査兵団主力のルピ・ヘルガーだ。彼女にはこの注射薬は使えないと我々は考えている。その理由を今から説明する。…ルピ、ルヴの姿を」

「……はい」


ルピは立ち上がり即、ルヴになった。どよめきが起こる。その場にいるよりもリヴァイやエルヴィン達の傍にいる方が気持ちが落ち着くと思い、移動した。

エルヴィンが淡々とルヴの能力について語る。注射薬の話の時以上に、空間そのものが戸惑っているように思えた。…ドクリ、ドクリ。重さを帯びた沈黙に挟まれて、皆の表情に顔を向けることができない。


「ルピは数年前から調査兵団の主力として活躍をしてきている。実力は俺に勝るとも劣らないが、壁外調査では主にガスの補給・負傷者の運搬と補助に回ってもらっていた。この姿であれば巨人はルピを人と認識しない。これ以上のメリットはないというほどの優れた能力だ。…デメリットとしては…そうだな。その多大なる功績を未だに公表できないことくらいか?」


ソワソワして落ち着かず、伏せの体勢に変えた瞬間。自分の緊張感に気付いたのだろうか、リヴァイがいつもやるように鼻筋を肘置きにして、そのまま鼻の頭をカリカリと撫ぜてきた。…くすぐったい。くしゃみが出そうだ、なんて思いながら、少し解れた緊張を置いて、ようやく皆の顔に目を向ける。


「…先の注射薬が彼女には使えないのは、この能力が巨人化の薬にどう反応するかが分からないからだ。よって彼女が瀕死であっても、他に重傷者がいればそちらを優先すること。…たとえそれが、君たち新兵であってもだ」


彼らの表情に浮かぶそれらは、一体何を表しているのだろうか、そればかりが気になっている。自分の姿に恐怖心を示しているのか、主力でなく新兵の自分たちが助かるかもしれない状況に戸惑っているのか。


「巨人の力同様…彼女の能力については不透明なところが多々ある。だが、我々は、エレンの生家の地下室に…巨人の秘密と彼女のこの能力についての秘密も眠っていると考えている。全てが明らかになるまでは兵団内のみの機密事項とすることは本部にて判断が下っている。くれぐれも一般市民には口外しないように」

「シガンシナ区奪還にはコイツの能力が必要不可欠だ。コイツのことが怖いと思うやつはここで降りろ。…そんな腑抜けたクソ野郎は調査兵団にはいらないからな」

「…大丈夫。怖くないよ。ほ〜ら、こんなに可愛いだろう?フワフワで気持ちがいいんだ。皆も触ってごらん」


グリグリと撫でてくるリヴァイ、おなじみの熱い抱擁をしてくれるハンジ、それを何も言わずに見守るエルヴィン。いつもと変わらない接し方をくれるのは、今の自分の態度や心境などお見通しで、しかしそんな不安など取るに足らないものだと態度で示してくれているのかも、なんて。


「…怖気付くな、ルピ。お前を否定する奴らはこの俺が削いでやる」

「…!」


…私は一人、何を怯えているのだろう。彼らがいればそれでいい。いつだってそうだったではないか。自分を必要としてくれる存在の確かさ。 交わされる言葉の強さ。不安を安心に変えてくれる豊かさ。
彼らはずっと変わらない。そして微塵も恐れていない。長年培ってきた絶対的な信頼。それを揺るがすものなど、何一つないのだと。

必ずシガンシナ区を奪還し、地下室へ辿り着き、秘密を手に入れる。それだけだ。それだけだろう。どう思われようが、私は私にしか出来ないことを、対ライナー達との戦いに全力を注ぐのみ。

ルピは伏せの体勢をやめ、しゃんと座った。もう大丈夫ですと言うように、一抹の不安を剝がすようにフルフルと身体を振り、しっかりと新兵達に顔を向けた。



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