08



穏やかな気候、真っ青な空が続いた一日。その青に終わりを告げるかのように、傾いた陽が赤を広げ始めた数時間後。調査兵団全員が、トロスト区南門壁上へ集合した。

沈みゆく夕日を壁上から眺め慣れているルピだが、それでも今目に映る景色は格段に特別に思えた。最後かもしれない。でも、最後じゃないかもしれない。ドクリ、ドクリと鳴る心音は平常時より少し高いくらい。どうだろう、アニ―諜報員の捕獲作戦時よりは落ち着いているような気もする。

ライナー達が今この時に奇襲をかけてくる可能性もゼロではない。そのため壁上で見張りを続けているが、辺りは静か、新兵達が馬をリフトで降ろしている音、エレンの力を持って開発された巨人の処刑台が動く音だけが響いている。
処刑台はあれから数台増えていた。誘き寄せる者と上で待機する数人の駐屯兵が頑張っている。そちらに気を取られている巨人たちはリフトに目もくれず、馬を降ろす作業は順調に進んだ。
前夜祭の時とは打って変わって交わす言葉も最低限に。新兵達は緊張しているから余計だろうが、住民に気付かれぬように事を進めるためでもあった。…のだが、


「——うおおおおお!」


大きな叫び声が下から聞こえた。何事かと下に目を向ければ、そこにはいつの間にか大層な人だかりが出来ていた。


「…フレーゲル…?」

「ウォール・マリアを取り返してくれええ!人類の未来を任せたぞおぉぉ!!」

「リヴァイ兵長!この街を救ってくれてありがとう!全員無事に帰ってきてくれよ!!」

「でも領土は取り戻してくれぇぇぇ!!」


ひとだかりの真ん中、手をメガホンのようにして一生懸命に声を上げるフレーゲルの姿。彼の言葉を皮切りに、住民たちから次々に声が上がった。
「勝手を言いやがる」と呆れた顔で眺めるリヴァイ。前夜祭であれだけ騒げば気付かれても無理はないかと思われたが、その時嗜んだお肉はリーブス商会から取り寄せたものらしい。フレーゲルが住民皆に言いふらしたのだろう。


「うおおお任せろおおおお!!」


誰もが彼らの声に返事をしない中、乗せられたように大声を張り上げるのはコニーやジャン。ずっとずっと昔から否定ばかりを浴びてきた幹部たちにとって、フレーゲル達の言葉は一泊の戸惑いとなるも、次第に含羞となって浸透し始める。


「調査兵団がこれだけ歓迎されるのはいつ以来だ?」

「さてなあ…そんな時があったのか?」


いつもそう、壁外調査へ向かう時には「また行くのか」「また税金を捨てに行くのか」と虚業に嫌味を。帰還時には「また死人を出したのか」「何の成果も無しか」と浅薄な呆れを。憧れの眼差しや労いを向けるのは専ら子ども、兵の親族のみ。
「私が知る限りでは初めてだ」と、エルヴィンは左手を高々と上げた。


「うおおおおお——!!!」


期待に応えるように、覚悟を見せるように。エルヴィンが声を上げれば、他の者たちも声を上げた。
こうして住民たちと向き合うのはルピも初めての経験だ。嬉しそうなエルヴィンを見れば、なんだかこちらも嬉しくなった。壁内人類の為に戦ってきた団長としての彼が、やっと認められたんだって。


「ウォールマリア最終奪還作戦、開始——!!」


全ての馬を降ろし隊列を整え、エルヴィンの声を合図に。調査兵団は、最終局面へと蹄を鳴らす——


日が落ちるギリギリのところまで、通常陣形にて馬で駆ける。最短距離を保つため可能な限り巨人との遭遇は裂けるが、右往左往はあまりせず、一体二体程度であれば討伐はルピがルヴで行うことになっていた。全員の体力・戦力温存のため、それが一番手っ取り早い。
馬を降りて徒歩となるまでに、五体の巨人を葬った。ルヴでの戦いを初めてみた新兵達からは嘆声が上がっていた。


「——っ左に巨人!」

「全体停止!!周囲を照らせ!!」


そして、日没後。太陽の光の代わりに光鉱石にて足元を照らしながら、暗闇の中を長蛇の列になって進む。
ルピはルヴのまま進み、背にエレンを乗せて歩いている。エレンに余計な体力を使わせないためだ。自分の力もそうだが、エレンの巨人化の力なくしてこの奪還作戦は成り立たない。
"動く巨人"に気付いた場合は吠えてから人間に戻ることとなっているため、動かない巨人に気付いてもアクションは起こさず、ただ「あぁいるな」と思うだけに留めている。


「……大丈夫。ぐっすり寝てる。この子も夜に動くっていう新種ではないようだね…ハハッ残念だな…ほっといてやろう」


ウトガルド城にて夜に動く巨人と遭遇した日。あの日は、月明かりの夜だった。月の光は太陽光を反射しているため、新種の巨人はその微量な日光を糧にして動いていると仮説された。よって、最も月の光が届かない日―新月の日が作戦決行日に選ばれている。
「いつか捕獲できたらな」動かない巨人をマジマジと眺めては滾るハンジ。こんな機会は滅多にない。本当は抱きついたりしたいんじゃないだろうかなんて、夜間ルート確保任務にハンジが抜擢されなくて良かったと今更ながら思っていると、
…照らされているライトの光が上下左右に小刻みに揺れ始めた。


「…エレン、どうしたの震えて?怖いの?」

「は…はぁ!?怖くねぇし!!」

「ええ?ウソだあ、手が震えてるもん」


確かに、エレンが震え出したのを被毛を通じて感じる。巨人を発見して刹那彼は震え出したから、怖いのかもしれない。当の本人は「寒いんだよ」と言っているが。


「そうなの?ルピさんに乗ってるのに?僕なんかずっと震えが止まんないんだけど…ほら」


聞こえる声の方をチラリと振り向けば、確かにアルミンのライトの光も小刻みに揺れていた。


「エレンって巨人が怖いと思ったことある?普通は皆巨人が怖いんだよ。僕なんか…初めて巨人と対峙した時、まったく動けなくなったんだ。…君と、仲間が喰われていた最中だった…」

「……」

「…でも…そんな僕を…君は、巨人の口から出してくれたんだ。……何で君はあんなことが出来たの?」

「……思い出したんだ…あの時。お前がオレに本を見せた時のことを…」


それまでエレンは、壁の外のことなんて考えたこともなかった。8,9歳の子供が何も考えてないのは別におかしいことじゃないだろうが、毎日空か雲を見て過ごしていた。そうしていると、アルミンが本を持って走ってきて、その中身を見せてくれた。


「お前は楽しそうに夢を見てるのに、オレには…何も無かった。そこで初めて知ったんだ。オレは不自由なんだって」


嬉しそうに、楽しそうに。外の世界にあるとされる事柄について語るアルミンの輝く目を見て、ずっと鳥籠の中で暮らしていたんだとエレンは気付いた。広い世界の小さな籠で、わけのわかんねぇ奴らから自由を奪われている。それがわかった時、エレンは思った。
——許せない、と。


「何でか知らねぇけど、オレは自由を取り戻すためなら、…そう、力が湧いてくるんだ。……ありがとうな。もう大丈夫だ」


来年の今頃は、"海"を見ているだろうよ。エレンの声は先程と違って明るい。会話する二人の表情は見えないけれど、エレンの身体の震えは既に止まっている。

——"海"

ルピはその固有名詞を知らない。でも、アルミンやエレンが心躍らせて自由を取り戻して見てみたい世界が壁の外にあるのだと思えば、ルピもそれを見てみたいなと思った、——その時


「!」

「…!ルピさん、どうかしましたか?」


突如立ち止まったルピに何かを察したエレンは、すぐさま背から降りた。エレンが降りてすぐ人間に戻る。彼の声に皆が足を止め、前を歩いていたリヴァイ達が一斉に振り返った。


「…エルヴィンさん、かなり遠くですが、巨人の足音がしました。…普通の巨人とは違う気がします」

「!…知性を持った巨人か?」

「あまり聞いたことがないものでした。ライナーやベルトルトではないと思います」


ズシン、ズシンといった、いつも耳にする巨人の一定のリズムとは違って、どこか軽快、どちらかと言えば地面を蹴って進んでいるような、そんな音。ルート確保の夜間の時でも耳にしたことがないものだった。
巨人がスキップしている?有り得なくはない。だが、その線よりももっと濃厚なのは、獣の巨人だ。コニーは二足歩行だったと言っていたが、自分と同じ容(カタチ)で、四足歩行で行動する可能性はある。


「やはり待ち構えているか」


自分の言葉、そして確信するエルヴィンの言葉で、辺りの空気が一気に引き締まるのを感じた。

壁の向こう側では太陽が少しずつ顔を出し始める頃か、見える空の下は少し明るい。…いよいよだ、もう直に街道跡が見えてくるだろう。
ルピも覚悟の息を付き、再びルヴになり前進した。



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