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「…!!」


自分たちが来た方向に現れたそれらに、誰もが言葉を失った。

森を抜けた先、北門までの集落前の街道沿いには疎らに木々があるくらいでほぼ平地だ。日が昇り始め視界も悪くない中、巨人が立っていようが座っていようが寝転がっていようが、絶対にその存在には気が付く筈。だが、ルピでさえまったく気が付かなかった。足音すら聞こえなかった。…ともすれば、元々"巨人は"そこにいなかったと考えるのが妥当。無数の光が巨人出現の合図であるなら、その場で巨人を出現させたということになる。…どうやって?何十体もいる巨人、一体一体にあの注射を——?


「——投石くるぞ!!伏せろおおおおおお!!!」

「「!」」


考える暇など与えてはくれない。真ん中に君臨する茶色の巨人―獣の巨人はその右手に巨大な岩を持ち、思い切り振りかぶってこちらに投げてきた。
その動作から一瞬にして、凄まじい音と揺れが壁全体に広がった。北門外側に待機している新兵達と馬から悲鳴が上がる。


「外したか…!?」

「いいや、良いコントロールだ。…ヤツは扉を塞いだ。馬が通れない程度にな」


投石は綺麗に北門へと落ち、門の三分の二を塞いだ。シガンシナ区内に馬を避難させるのを妨げたのだ。


「…まず馬を狙い、包囲する。我々の退路を経ち、ここで殲滅するために」


我々は互いに望んでいる。ここで決着をつけようと。
人類と巨人ども、どちらが生き残り、どちらが死ぬかを。


「……」


獣の巨人の左隣には、四つん這いの巨人が一体見える。その背には荷台、何が乗っているのかまでは分からないが、他の巨人と異なるところを見るとあれも知性を持った巨人だろうか。ルピが遠くで聞いていた巨人の足音は、それが四足歩行で駆ける音だったのかもしれない。


「……エルヴィン、鎧が上ってくる」

「総員鎧の巨人との衝突を回避しろ!奴に近寄るな!!」

「「了解!!」」


その時、獣の巨人が動いた。右手を振りかざし、地面を叩き、叫んだ。
刹那、等間隔でならぶ十四メートル級の巨人の合間を縫って全力で走ってくる二、三メートル級の巨人。


「動いた!二、三メートル級ら多数接近!」


獣の叫びの力。エレンのそれと同じようだが、今の叫びで十四メートル級が微動だにしないということは、命令を使い分け、そしてそれを無垢の巨人たちが理解しているという決定的な違いがある。
ユミルが言っていた。ウトガルド城にてライナー達が目を輝かせて見ていた"さる"―獣の巨人、それが全ての元凶であると。その言葉の意味が今、ようやく分かった。壁の破壊の首謀者と言われても納得できる程の圧倒的存在感がそこにはある。


「だ、団長…鎧がすぐそこまで…それにベルトルトがまだどこにいるか…」

「あぁ、わかっている」


敵の主目的はエレンの奪取であるが、そのためにまず我々から撤退の選択肢―馬を奪うだろう。依然巨人の領域であるこのウォール・マリア領から馬なしで帰還する術はない。馬さえ殺してしまえば、退路を閉鎖するだけで補給線は絶たれる。一週間でも一か月でも動けなくなるものがいなくなるまでただ待てばいい。…敵は交戦のリスクを犯すことなく、虫の息となったエレンを奪い去ることができるのだから。
十四メートル級の巨人が隊列を組んで動かないあたり、それ自体が檻の役割を担うものだろう。…一人たりとも、この場から逃さない、と。


「ディルク班、マレーネ班は内門のクラース班とともに、馬を死守せよ!!リヴァイ班並びにハンジ班は鎧の巨人を仕留めよ!各班は指揮のもと雷槍を使用し、何としてでも目的を果たせ!!今この時!この一戦に!人類存続のすべてがかかっている!今一度人類に…心臓を捧げよ!!」

「「はっ!!!」」


エルヴィンの気迫ある命。人類存続をかけた戦いの火蓋が今、切って落とされた。

ルピもリヴァイ班として鎧との戦いに一歩足を踏み出そうとしたが、


「リヴァイ、ルピ、アルミン、待て。…リヴァイ班と言ったが、二人はこっちだ」

「…俺たちにエレンではなく馬を守れと?」

「そうだ。そして隙を見て、奴を討ち取れ。…獣の巨人は、お前たちにしか託せない」


ちらり、とそれを見る。鎮座する獣の巨人は、ただ静かにこちらの動向を伺っているように見えた。


「…了解した。鎧のガキ一匹殺せなかった失態は…そいつの首で埋め合わせるとしよう」


行くぞ。そう言うリヴァイと共に、ルピは北門外側へ降りた。入れ違いに鎧が壁の上へ登りきるのを、背後に感じながら。




「——小せえのをさっさと片付けろ!!獣の巨人が動く前にだ!!損害は許さん!一人も死ぬな!!」

「「はッ!!」」


獣の巨人の相手を託されたものの、今のところ作戦も何も無い。とりあえずは目の前の邪魔な小型の巨人の相手だが、今の調査兵団の戦力は全盛期の半分程。新兵達もとい馬を守りながら戦うのは、かなりの苦戦を強いられていた。

川を挟んで右側を主に任されたルピは淡々と巨人を滅することに徹した。ルヴにはならない。獣の巨人の視力がどれほどあるのかは知らないが、大きな白い犬を目印にされ、そこを狙って先程のような投石を受けるのは御免だからだ。
ライナー達から自分の情報は既に伝えられていると思っている。今その姿を堂々と現すことが吉と出るのか凶と出るのかが分からない為、限界を迎えるまではルヴにならないつもりでいた。


ドゴォン_!!


壁の向こう側からは時折大きな音が、そして雷槍の音が炸裂しているのがわかる。
…雷槍はライナーに効果があっただろうか。ライナー相手を任されたリヴァイ班―104期兵達は、


ウォォォォォ_!!


「「!!!」」


そうして壁の向こう側から聞こえてきた、叫び。それはエレンではなく、ライナーの…あの時と同じ、助けを呼ぶ叫びだった。
壁の向こう側ばかり気にしていた目の片隅、動く茶色に気付いて目を向ける。獣の巨人が立ち上がり、四足歩行型の背負っている荷台から何かを手に取り、投石同様こちらに向かって投げつけてきた。
一瞬構えたが、先程とは違ってかなり上、空をつっきってシガンシナ区内へ落ちていくそれは、…岩などではなく、茶色の樽だった。

ライナーの叫びに応えるように投げて寄こされたそれの中身は一体何なのか、なんて。少し考えれば自ずと辿り着くその答え。
ライナーの「助けて」の声に反応するのは。いつだって彼の後ろに立っていた―いまだに姿を現さない男しかいないだろう。


「(ベルトルト…!!)」


超大型巨人の不完全体―上半身のみが壁上から崩れ落ちてきたあの時でさえ、かなりの爆風と熱が巻き起こった。シガンシナ区一体を見渡せるであろう高さから、かつ健全な状態から巨人化されたら終わりだ。爆風ですべてが吹き飛ぶだろう。
まさか樽に入ってスタンバイしているなんて一体誰が予想できただろう。飛んでいく樽に走馬灯のように過った皆の顔――。…しかし、樽が見えなくなった後も、落ちたと思われる時間が経過した後も、爆発音などは一切しなかった。


「(巨人化しなかった…?)」


何が起こっているのか全く分からないが、リヴァイ班、ハンジ班が全員爆死しなくてとりあえずは安心かと、粗方巨人を片付けたのでいったんリヴァイの元へ飛ぼうとした、——その時。


ドゴオオオオン_!!!


「!!!!」


雷、そして上がった爆風。シガンシナ区の青空を一気に染めた赤黒い煙に、全てを察した。


「…リヴァイさん、だいたい片付きました。今のはベルトルト、」

「こっちも片付いたぞ!あとは前方のちいせえ奴らだけだ。…しかしどうやって獣の巨人を仕留めればいい?奴はあそこに鎮座したまま動きそうにないぞ?」

「あぁ…どうにも臆病なんだろうな…そもそも玉がついてねえって話だ」

「お前たちは休んでろ、とりあえずちいせえのを全部片付ける。行くぞ!」


自分と同時にリヴァイの元に来たクラース班。まるで爆風を気にしていない素振りだったが、…否、目の前の任務に集中しているだけなのだろうと思う。自分やリヴァイのように、他所を気にしながら戦う方が珍しいのかもしれない。


「クソッ…さっきの爆発…あいつらはどうなってる…ハンジ達は上手くかわしたのか…?」


壁の方を向きながら独り言のように呟くリヴァイ。


「…無事だといいのですが」


そう返してクラース達のように今は目の前の敵に集中しようと、ルピが再度獣の巨人を振り返った、その時。


「っ!」

「!?!」


振りかぶる格好の獣にゾワリと震えた細胞。咄嗟に働いた野生の勘。咄嗟で声も出せず、リヴァイを屋根から突き落とすことだけに身体が反射した。
彼の身体を押し倒すなどという暴挙をいままで働いたことがあっただろうか、いいや無い。
リヴァイもルピのその行動に大層驚いたようで、何が起こったのか理解に時間がかかったようだった。


「っ、すいません…」

「いや……、助かった」

「——前方より砲撃!!総員物陰に伏せろおおおお!!」


エルヴィンの大声が上から降ってくる。
砲撃。…いや違う。単に岩を投げつけてきているのではない。岩を砕いた無数の破片、それを投げつけてきているのだ。
単なる砲撃の方がまだマシだったかもしれない。投げられ手から分散したそれらの威力は落ちる事なく寧ろ一つ一つが砲撃の何百倍の力を持って全てを打ち砕いていく。
さっきまで目の前にあった家屋は全壊、前線にいた兵たちは恐らく、


「クソッ…!!」


——全滅した。



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