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「——いったん壁際まで下がるぞ!」

「リヴァイ兵長!!」

「巨人から投石だ!!全員馬を連れて壁側に交代しろ!!」

「「了解!!」」

「急げ!!射線の死角を移動しろ!!」


切り替えたリヴァイは、すぐさま立ちすくむ新兵達に指示を出した。逃げるにしろ馬は必須だ。なんとしても馬を死守せねばならない。


ドドドド_!!


「うわわああああ…!!!」

「おい立て!!死にてえか!?」


止まない投石。凄惨な戦場に轟く砲撃じみた衝撃音。いつ何時自分に降りかかるかもしれない攻撃は全員を戦慄の底へと引き摺り込んでいく。
…その時。今までずっと壁の上にいたエルヴィンが、皆の元へ降りてきた。


「…状況は?」

「最悪だ。奴の投石で前方の家は粗方消し飛んだ。あの投石が続けばここもすぐ更地になり、我々が身を隠す場所はなくなる」

「…壁の向こう側には逃げられそうにないのか?」

「あぁ…超大型巨人がこちらに迫ってきている。炎をそこら中にまき散らしながらな。…仮に兵士が壁で投石を逃れても馬は置いていくしかない。ここを凌いでもその先に勝利はないだろう」

「ハンジ達はどうなっている?エレンは無事か?」

「…わからない。だが大半はあの爆風に巻き込まれたようだ…我々は甚大な被害を受けている」

「「…!」」

「敵は兵士が前方の一か所に集まるように小型の巨人を操作していたのだろう。そこで小型の巨人を相手にしていたディルク、マレーネ、クラース班は先ほどの投石で全滅したようだ。…つまり内門側の残存兵力は、新米調査兵士の諸君達と…リヴァイ兵士長、ルピ、そして私だ」


雰囲気で感じ取っていた絶望を、改めて言葉として受け取った新兵達。「もうダメだ」「おしまいだ」「何で俺こんな所に」と、口々に本音と絶望を溢れさせ、暗澹たる空間が辺りに侵食し始める。


「……エルヴィン…何か…策はあるか?」


新兵達の呻きの中、リヴァイから零れたその声の後。ドオンという衝撃音と共に北門が揺れた。見上げれば壁の上にエレンの頭が見える。


「オイ…あれはエレンか?…壁の上まで吹っ飛ばされたってわけか…奴に…」


ドドドド_!!


エレンの様子を―と思ったがしかし、家屋を通り越して壁にぶつかる投石にルピは現実を見た。
定期的に来る投石だが、音がやけに大きく、次第に近づいてくる感じがした。どうやら獣は今自分たちがいる場所に狙いを定めているらしい。見つかるのも―否、見つからずとも、それで殺されるのは時間の問題だろう。

ハチの巣になり全滅するくらいなら、反撃の手数が何も残されていないのなら、脱走の準備をとリヴァイは言った。壁上で動かないエレンを起こしてエルヴィンと何人かがそれに乗って逃げれば、少しでも生存者が残せるだろうと、


「——おい!!馬が逃げたぞ!!お前らの担当だろ!!」

「うるせえ!!もう意味ねえだろ!?」

「っ、何だと!?」


作戦を立案するリヴァイにエルヴィンが何も返さない中。ついに新兵達の間で衝突が起こった。恐怖の中でも皆のリーダーとして頑張っていたマルロ。エルヴィンやリヴァイの命を守ろうと必死な彼の言葉にうるせえと返したのは、―104期兵、元駐屯兵団所属のフロックという者だった。


「あんなに強かった調査兵団がみんな一瞬で死んだんだぞ!?…つーかお前もわかってんだろ、いくら馬を守ったってなあ…それに乗って帰れる奴は…誰もいないって!!」

「!」

「理屈じゃわかっていたさ…人類がただ壁の中にいるだけじゃ…いつか突然やってくる巨人に食い滅ぼされる。誰かが危険を犯してでも行動しなくちゃいけない…誰かを犠牲者にさせないために自分を犠牲にできるやつが必要なんだってな…」


そんな勇敢な兵士は誰だ。シガンシナ区奪還作戦の為の調査兵団勧誘式でそう聞かれた時、フロックは「それは俺だ」と思ってしまった。自分だけは違う。俺ならできる、と。
…しかし、まさかそうやって死んでいくことが何の意味もないことだなんて思いもしていなかった。フロックの言葉に新兵達の呻きは消え、すすり泣く声だけが辺りに響き、合間合間に投石の衝撃音で空気が揺れる。


「新兵とハンジ達の生き残りが馬で一斉に散らばり…帰路を目指すってのはどうだ?それを囮にしてお前らを乗せたエレンが駆け抜ける」

「リヴァイ…お前はどうするつもりだ?」

「俺は獣の相手だ。奴を引き付けて、」

「無理だ。近づくことすらできない」

「だろうな。だが…お前とエレンとルピが生きて帰れば、まだ望みはある。すでに状況はそういう段階にあると思わないか?大敗北だ。正直言って…俺はもう誰も生きて帰れないとすら思っている」

「……あぁ。反撃の手立てが何もなければな」


それまで途切れなく言葉を発していたリヴァイは一瞬詰まり、目を見開いてエルヴィンを見た。


「…あるのか?」

「…………あぁ」

「なぜそれをすぐに言わない?なぜクソみてえな面して黙っている?」

「……この作戦が上手くいけば…お前は獣を仕留めることができるかもしれない」


——ここにいる新兵と私の命を捧げれば


ルピは言葉を失い瞬きを忘れ、視線をエルヴィンへと走らせる。


「…お前の言う通りだ。どのみち我々はほとんど死ぬだろう。いや…全滅する可能性の方がずっと高い。それならば玉砕覚悟で勝機に懸ける戦法もやむ無しなのだが…そのためにはあの若者たちに死んでくれと、一流の詐欺師のように体のいい方便を並べなくてはならない。私が先頭を走らなければ、誰も続くものはいないだろう。そして私は真っ先に死ぬ。地下室に何があるのか…知ることもなく…な…」

「…は?」

「はぁ」


大きな溜息をついたエルヴィンは、近くにあった木の箱に腰を降ろした。それを見下ろすリヴァイ。ルピは黙ってその二人を視界に入れる。定期的に起こる空気の振動だけが変わらない。


「俺は…このまま…地下室に行きたい。…俺が今までやってこれたのも…いつかこんな日が来ると思っていたからだ…いつか…”答え合わせ”ができるはずだと」


何度も死んだほうが楽だと思った。それでも、父との夢が頭にちらついた。そして今、手を伸ばせば届く所に答えがある。すぐそこに、あるのに。
エルヴィンは手のひらを自分に向け、答えを見据えるように言葉を零す。


「だがリヴァイ、見えるか?俺たちの仲間が。仲間たちは俺らを見ている。捧げた心臓がどうなったか知りたいんだ。…まだ戦いは終わってないからな」


ドドドド_!!


「すべては、俺の頭の中の…子供じみた妄想にすぎないのか…?」


こんなにも、己の心境を吐露し続ける団長を見たことがあっただろうか。こんなにも、嘆き悲しむような表情で言葉を紡ぐ団長を見たことがあっただろうか。…こんなにも、言葉にしたくない結論へ至る時間を過ごしたことが、


「お前はよく戦った。おかげで俺たちはここまでたどり着くことができた。俺は選ぶぞ」


リヴァイは項垂れるエルヴィンの前に膝をつき、決意を宿した表情で言う。
夢を諦めて死んでくれ。新兵たちを地獄に導け。獣の巨人は、俺が仕留める、と。


「…リヴァイ」


…ドクリ、ドクリ。心臓が嫌に騒いでいる。最悪が頭を過るのに、口からの感情と成らずに身体の奥底へ消えていく。


「ありがとう」


…それが、ルピが見た、最後のエルヴィンの微笑みとなった。



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