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「——これより最終作戦を告げる!!総員整列!!」


威信を回復させたエルヴィンの声は、投石の衝撃音を諸共せず、新兵達の鼓膜を揺らした。
並ぶ新兵達の顔を改めて見ても、生の色が抜けているのが分かる。あからさまに身体が震えている者、正気を保とうとするも唇の震えが止まらない者。…寒くもなんともないのに、彼らの口から出る息は白く見える気がした。


「総員による騎馬突撃を獣の巨人に仕掛ける!!当然!!目標にとっては格好の的だ!!我々は目標の投石のタイミングを見て一斉に信煙弾を放ち!投石の命中率を少しでも下げる!!我々が囮になる間にリヴァイ兵長、そしてルピが獣の巨人を討ち取る!!以上が作戦だ!!」

「…何?俺だけ立体起動で獣に接近しろと?…獣の周りは更地だぞ?!利用できるような木も家もねえ!!」

「いいや…丁度いい高さの立体物が並んで突っ立っているだろ?」

「…!」

「巨人を伝って忍び寄り、獣の巨人を奇襲しろ」


現在進行形でピクリとも動きを見せないそれらは、獣の巨人の指示が無ければ動かないと考えられる。ルピがルヴで襲うのと同様、こちらが襲い掛かってようやく抵抗を見せ…いや、大人しく殺されてくれる可能性が高い。
ルピはルヴで巨人を殺し、ガスを節約するよう命じられた。どちらか一方が接近に気付かれても、もう一方が獣にたどり着ければ御の字。その後に何か起きても、ルピのガスが残っていれば対応の幅は広がるから、と。

…一瞬シンとした後、目の前に立っていた女の子が咄嗟に口を抑える。だが、現実に耐えられなかったのだろう。恐怖が喉を押し開き、吐瀉が地面に落ち、女の子は蹲ってしまった。


「ここに突っ立っていてもじきに飛んでくる岩を浴びるだけだ!すぐさま準備にとりかかれ!」


エルヴィンの命に、新兵から威勢のいい返事は無かった。代表するかのようにフロックが口を開く。


「…俺たちは、今から…死ぬんですか」

「そうだ」

「…どうせ死ぬなら…最後に戦って死ねということですか?」

「そうだ」

「いや…どうせ死ぬなら…どうやって死のうと、命令に背いて死のうと…意味なんかないですよね?」

「まったくその通りだ」


淡々と返事をするエルヴィン。
まったくもって無意味。どんなに夢や希望を持っていても、幸福な人生を送ることができたとしても、岩で体を打ち砕かれても、同じ。人はいずれ死ぬのだと。


「…ならば人生には意味が無いのか?そもそも生まれてきたことに意味は無かったのか?死んだ仲間もそうなのか?あの兵士達も…無意味だったのか?」

「……」

「いや違う!!あの兵士に意味を与えるのは我々だ!!あの勇敢な死者を!!哀れな死者を!!想うことができるのは!!生者である我々だ!!我々はここで死に!!次の生者に意味を託す!!それこそ唯一!!この残酷な世界に抗う術なのだ!!」


兵士の血を沸かすかのごとく戦意を煽る声に、少し空気が変わった。全身を振るわせていた兵士も、涙で前が見えなくなっていた兵士も、うずくまっていた兵士も。皆しっかりとその足で地に立ち、しっかりと団長の言葉を噛みしめているようにルピには見えた。

いつもそう、彼は本当に兵士を鼓舞するのが上手いと思う。エレン奪還の時もそうだ。右腕を巨人に喰われ引き摺られていようが、彼は目標を見据え続け、揺らぐことなど一切なかった。威勢ある声で、気迫ある表情で、兵に命を示し続けた。
…だから、今。ルピはエルヴィンになんて声をかけていいのか分からなかった。本音を漏らせば命を賭して欲しくはない。でも、先導して心臓を捧げる団長に向かって「死なないでください」なんて言えない。「頑張って」なんて場違いすぎる。こういう場面での感情の切り替え方、言葉の紡ぎ方がどうにもまだ上手くできそうにない。


「ルピ」

「!」


そうしてただ準備をするエルヴィンを眺めていた時。本人から声がかかった。ドクリ、ドクリ。近づいてくる足音と自分の心臓の音がリンクする。


「頼んだぞ」


多くを語らず、ただ一言。ポン、といつも通りに、優しく頭に乗った大きな掌。…あぁ、そうだ、そうだな。私は人類の希望。仲間が目の前で傷つこうと、死のうと、関係ない。人類のために心臓を捧げ続けるのが私の役目。他の誰でもない、私は、唯一無二の特別な存在だから。
期待に応える。意志を継ぐ。ずっとそうしてきた。そしてこれからも、


「はい」


去り行く大きな翼に敬服するように。ルピは初めてその背に、敬礼を送った。


===


「——突撃!!!!」


シガンシナ区を背に。左側からリヴァイが、そして右側からルピが獣の巨人を目指す。


兵士よ怒れ。
兵士よ叫べ。
兵士よ戦え。


理性を振り切った兵士の叫声―恐怖心を掻き消そうと己を鼓舞するような雄叫びをBGMに。信煙弾が打ち上げられ獣の巨人の視界が遮られたのを確認し、ルピはルヴになり最初の十四メートル級の巨人を駆け上がった。

辺りは信煙弾の緑に包まれて何も見えない。しかしルピはそれを風景の一部として流し、一体一体に登り、確実に項を噛み千切り、そして真っすぐに獣だけを注視して進んだ。
リヴァイの位置も分からない。でも、彼か己が、必ず獣を討ち取る。必ず。託された夢、引き継いだ意志。心臓を捧げる者達へ、命を賭した者達へ意味を与えるために、


「…!」


…投石音が何度か轟いた後、獣の巨人の雄叫びが聞こえた。それは巨人たちに指令を出しているような叫びではなく、投石を終えた後の達成感のような高揚したもの。
信煙弾の量が少なくなっているのには当の昔から気づいている。駆ける馬の足音が無くなっていることにも。…そう、"終わった"のだ。獣の巨人による、兵士の一掃が。

煙が晴れ、一面が見渡せるようになった頃。緑の代わりに沸いて立つ白い蒸気に気が付いたのだろう、獣が右に顔を向けた。投石に集中していたそれも、ようやく周りに立っている巨人がいなくなっていることに気付いたのだ。
しかし、自分はまだ獣までの距離の三分の二程しか進めていない。さすがに立体起動を使うのとよじ登るのとではスピードに差が出る。
リヴァイの存在がバレてしまったかと思い、ルピは巨人を殺すのをやめ一直線に獣に向かおうとして直後、獣の右肩あたりにアンカーが刺さるのを見た。蒸気の中から現れた一人の兵士――リヴァイだ。獣がそれに気付くよりも先に、リヴァイが獣に手をかけたのだ。


「ウォォォ!!!」


右手から肩にかけて刃で肉を削ぎながら接近、左腕を切り落とし、項を狙うと見せかけてその視界を塞ぐ。暇なく次には踵を切りつけ、体勢を崩した獣はその場に倒れ込んだ。…一瞬の出来事。あの時と同じ。女型からエレンを奪取する時と同じような―いや、それ以上の怒りを感じた。

そしてリヴァイは、うなじからそれを引き摺りだした。多大な犠牲を代償に、奇襲作戦は成功の結末へと収束し始める——


「巨人化直後…身体を激しく損傷し、回復に手一杯なうちは巨人化できない、そうだったよな?」


ルピが追いついた時、リヴァイは獣の巨人となっていた男の口の中にブレードを突っ込み、その顔を覗き込むようにして睨みつけていた。


「オイ、返事をしろよ…失礼な奴だな」


損傷した部分からシュウウと上がる蒸気の中、手足の無い上半身だけとなったその男を見る。…初めてみる顔。小さめの眼鏡をかけ、金髪の髭ずら、体格はライナーより上、年齢はエルヴィンと同じくらいだろうか。
目が合う。何か言いたげそうだが、口にブレードが入っている為、声は上がらない。

リヴァイが言葉無く周囲を見渡し始めたので、ルピも目の前の現実と向き合おうとその方を見た。
来た当初とは激変した風景。全壊した建物を奥に、手前には所々赤黒く染まった大地。ハッキリとは見えないものの、形あるようで無い塊の数々。…時折動くものが見えるが、そう見えるだけかもしれない。主人を亡くした馬が悶えているのかは定かではない。


「ルピ、生存者を探してこい。コイツを食わせる」


巨人になれる人間を手足をもいだ状態で捕らえた。重傷者に注射を打ち、それを食べさせればその重傷者は復活することができる。
誰か一人でもその命の灯が残っているのなら。…もし、もしも我らが団長が、


ドドッドドッ__!!


ルヴになって一歩駆けだそうとした時だった。獣の巨人を討ち取ることだけに集中していたからか、いつからか"それ"の存在を意識外へと置いてきてしまったことに足音で気付く。


「っ!?——リヴァイさん!!!」


視界も思考も壁の方へと向いていたから余計、反応を寄こすのに時間がかかってしまった。投石時同様、そうすることにしか徹することができず、ルピはまたとリヴァイの身体を全力で押した。


「?!?」


ただそこにいただけの巨人。その全貌が不明な為に敵視から外れてしまった巨人。なぜ今まで気付かなかったのか。内門にいる知性を持った巨人は、獣だけとは限らないと理解していたはずなのに。


バクッ


それは自分たちに襲いかかると見せかけただけだった。四足歩行型の巨人は男を口に咥え、ルピが来た方向へと去っていく。


『——お前ら!!!あいつを殺せ!!!』

「「!!!」」


吐血しながらも張り上げられた声に反応したのは、ルピが殺すことをやめ放置しておいた残りの十四メートル級の巨人たち。…最悪だ。こんな形で悔恨が残るなんて思いもよらないが、


「っルピ!!追え!!絶対に逃がすな!!!」


後悔している暇などない。立ち上がりブレードを構えるリヴァイに巨人を任せ、ルピはルヴになり四足歩行型の後を追った。



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