ドドッドドッ_!!
四足歩行型の巨人は口に金髪髭面男を咥えたまま、全速力でシガンシナ区の方へ向かっていく。スピードには自信があるルヴでもなかなか追いつけず、一定の距離を保ちながら走り続け、ほんの十数分前までいた北門へ戻って来た。四足歩行型は止まることなく壁を登って行く。ルピも人間に戻り壁を登った。
一体壁の向こう側はどうなっているのか、と気に留める前に壁上に付いた足は止まっていた。一番に目に入ってくるであろう巨体—超大型巨人の姿がない。あの巨体が動くだけでも相当な騒擾があるだろうに、それが無いことには随分前から気が付いていたものの、実際目の当たりにするまでは実感が無かった。確かに今も空へ向かって大量の蒸気が上がり続けてはいるが、…エレン達はベルトルトに勝ったということだろうか。
その間にも四足歩行型は壁上を駆けていく。自分と同じように、区内を見ている。自分と同じように、人の姿を—誰かを探しているような、
——エレンか
気付いた時には、それは壁から飛び降りていた。着地する場所に目を凝らせば、ある民家の屋根上に、——エレンの後ろ姿。
しまった。と思うと同時に身体を動かし、ルヴになり直下する。…だが、その間にも双方に動きはなかった。人声が聞こえる、エレンの声は怒声のように思えた。
「(何か話している…?)」
近づくにつれ、エレンが胸に何かを抱え、ブレードも握りしめているのを認識する。敵が動かないということは、敵にとって不利な状況がそこに——人質でも取っているのだろうか。ベルトルトかライナーか、はたまたそれ以上の何かか、エレンの背中越しでも見えないために分からない。
少し辺りを見渡すも、彼らの間に割って入るような人間は見当たらない。いつも彼の傍にいるアルミンやミカサが近くにいないのも気がかりだった。
「!」
その時。壁の上に、一人の兵士が立っているのが見えた。…リヴァイだ。巨人たちを滅して追いついてきてくれたのだ。
リヴァイの接近には金髪髭面男も四足歩行型も気づいたようで、すぐにエレンの前から立ち去ってしまった。エレンの事は気になったが、ルピはそのまま後を追った。とりあえず彼はリヴァイが来たから大丈夫であろう。
四足歩行型は壁上に戻らず、民家の間を通り抜けていく。エレンが誰を抱えていたか最後までわからなかったが、おそらくもう一方の"片割れ"を探しているのだと思う。
「……!」
…そしてルピは、四足歩行型の肩の向こうに、ハンジとジャンの姿を捉えた。
「——ハンジさん!!!」
気づいていなかったのか、ハンジはジャンの声によってそれが迫ってくるのを認識したようだった。咄嗟にジャンがアンカーを反対側の建物に噴射し、巻き取る勢いに乗せて四足歩行型の突進からハンジを間一髪で救出。…だが、やはりそれは敵を殺すために突っ込んだのではなかった。その口に咥えられたのは、四肢と意識を失った金髪の男、——ライナー
「ハンジさん!!ライナーを奪われ——?!」
「っ、ルピ!!」
コニーの声が屋根上からしたのを耳に入れ、ルピは逃げ去る四足歩行型を追った。ジャンとハンジを視界の端に捉えながらちらりとコニーの方を見る。足元にサシャが倒れているのが見えた。
しっかりと動く姿を確認できたのはジャン、ハンジ、コニーの三人。ハンジ班の面々は見当たらないし、相変わらずミカサとアルミンの姿も無い。不安は大きくなる一方だが、ルピはリヴァイの命を守るため振り返ることなくその場を後にした。
ドドッドドッ__!!
壁へ向かって走っていく四足歩行型。壁に登り、そのまま壁外へ逃げると思われる。ノンストップ、終わらない追いかけっこ。どこまでも追う覚悟はしているものの、流石に一人で壁外へ出るのは得策ではないだろう。埒が明かないならば強襲をかけるべきかと、壁面にアンカーを刺し飛んだ、
「…!」
刹那、青しか色を持たなかった空をゆっくりと撫ぜるように広がっていく白に目を奪われる。何度も見覚えのあるそれにまさかと思いつつも、ルピはブレードを握る手に力を込めた。巻き取られるワイヤの勢いで壁上上空に体が浮き上がり、敵を認識——…だが、視界に入った姿にルピは戦意を失くした。
「——待って。話をしましょう」
両手を高々と上げ、降参のポーズを取る黒髪の女の人の姿に。
「……」
ルピは重力に従い、ストッと壁上へ降りた。四足歩行型の亡骸は反対側へ落としたのだろう、下で蒸気をあげる白い骨格が見える。女の人の足元には、既に片腕と片足を元に戻しきった金髪髭面男と、—今までに見たことが無いほど負傷したライナー。
「聞き分けのいいワンちゃんで助かるよ。…君の事はライナーから聞いている。俺達を殺したいだろうが、今日のところは痛み分けで勘弁してくれないか。3対1…一見不利なように見えて、実際はワンちゃんの圧勝だろう。俺は今戦えないし、ライナーはこの状態だ。ピークちゃんとこの子がサシで戦ったとして、ルヴの力とあの立体起動相手ではピークちゃんは勝てないと思う。…そもそもピークちゃんはワンちゃんのことが好きだからね…モフモフじゃれ合って終わりかもしれないが…」
「こんな時に何を言っているんですか、戦士長。……いい?私達はあなたの敵ではないの、寧ろ仲間。戦う相手を間違えてる。…でも、私達と一緒に"帰る"べきでも無いから…」
「ピークちゃんの言うとおりだ。俺達と一緒に来るべきでは無いんだが、俺達を殺して無知のまま一人で壁外に出るべき存在でもない。だから今ここで君に話している。止めなきゃ地の果てまで追いかけてきただろう?…いずれ真実は明らかになる。…いつかエレンと共に…救い出してあげるよ」
スッと黒髪の女の人が口元に手を持って行く。その行動の先に起こりうることが一つしかないことは分かっていた。…でも、ルピは動けなかった。再度現れた四足歩行型の巨人。荷台に乗る金髪髭面の男、口に咥えられるライナー。そうしてゆっくりと壁上から飛び降りる四足歩行型の背の上、去りがたげに自分を見ながら小さくなっていく金髪髭面男をただ見ているだけしかできなかった。
——あんたは、こっち側の人間だ
先程よりスピードを落として壁外を駆けていくその姿たちに反芻され、思わぬところで真実味が増した彼の残言。煩わしく振り払うように、ルピはそれに背を向けシガンシナ区内へ戻った。
===
「——ルピさんが帰ってきた!」
途中、空に少し溶けた赤色を見た。信煙弾だろうか。いつ打たれたのか誰が打ったのか定かではないが、考えている間にハンジ達の居た場所に戻ってきたルピは、屋根上にいた三人―ハンジ、ジャン、そしてサシャをおんぶしたコニーと合流。
「ルピ、奴らは?」
「…壁の外へ行ってしまいました」
「そうか…追跡ご苦労だった。とりあえずリヴァイ達と合流しよう。ガスがもう殆どないから乗せてくれるとありがたいんだけど」
ルピはそれ以上何も言わず、ルヴになった。
追った結果を悪手として伝えるなら「逃げられた」と言うのが妥当だろうが、そうは言えなかった。…逃げられたのではない、自分が故意に逃したと言っても過言ではない。尋問すら、何一つ出来なかったのだから。
「――ライナーを捕らえた後、エレン達の状況を見に行くようミカサに頼んだんだ。リヴァイがいたら注射薬を貰ってくるようにもね。…それが叶わない場合には信煙弾を打てと」
…そして、信煙弾が打たれた。先程の赤の名残がそういうことだろう。
「ライナーを奪われたのは俺の失態です」そう言うジャンの声はいつになく低い。「何度も言っている、私の判断だと」そう言うハンジの声にもいつものハリはないけれど。それが起こったのはミカサがエレン達の元へ向かった直後。ミカサはそれを知らない。誰か一人を生き返らせることが出来るという絶好の機会、それを上回る非常事態が起こっている可能性があるからこその信煙弾。…とにかく急ごうと、ハンジの声にルピの足にも力が入る。
エレンが屋根上にいたことを鑑みて、屋根づたいにその方へ向かう。最初は点だったそれも、近づくにつれ何個かの人の形を成していく。立っている者と、横たわっている者がいくつか。…そして、次第に聞こえてくる口論の声。
「…言い争っている?…何をやっているんだ?」
「誰だ?ミカサと…フロック…?」
敵はもういない。いないはずなのに。ミカサの手に握られているブレードが表す意味に、鮮明に目の前へ押し出されてくる場景に、脳の処理は追いつかず手前からあった不吉な感覚が胸の奥で脈を打ち始める。
少し奥に倒れているエレン。ミカサに馬乗りになられブレードを突きつけられているリヴァイ。その前でミカサを説得している様子のフロック。…そのフロックが「邪魔するな」と声を張り上げ駆けだそうとし、ミカサが反射的にブレードを振り上げたその時。
「っ、ダメだミカサ——!!」
ハンジが立体起動を射出した。