01



壁内人類の最終目的であったシガンシナ区奪還作戦は決行から二時間ほどで終息。成功と記録される結果だけが残った。

取り戻した領地、静けさの中で喜びに明け暮れようとするものは誰一人としていない。喜びを分かち合える仲間の数は想像以上に少なく、払った代償はあまりにも大きい。この戦いは、かつてないほどの惨憺として記憶されるだろう。


「…ルピはさすがだね。この戦いの中でも無傷とは」


エルヴィンの遺体は、見知らぬ民家のベッドにひとまず横たえておいた。そこらに生えていた花を摘み、置いてあった空の花瓶を勝手に借りるなど。今までの自分ならばしようとも思わなかったのではないだろうか。


「……、ありがとうございます。…でも、心は重たいです」


こうして遺体を弔うように扱うのは初めてかもしれない。特に女型捕獲作戦以降、遺体にゆっくり触れる機会など碌に無かったから。

小さな机の上、エルヴィンの傍、花瓶に生けた花の鮮やかな白。彼の愛馬と、同じ色。

瞼を閉じれば、エンドロールのように。見てもいないのに彼の気迫ある表情が浮かび、間近で聞いてもいないのに鼓舞する雄叫びが耳を通り抜けていく。
幼き頃からの夢を諦め、絶望の最前線に立ち皆を率いたその行動力は賞賛に値する。自分だったら出来ただろうか、いいや、そもそもエルヴィンのような人柄も人格も持ち合わせていないから無理か、なんて。後にも先にも、エルヴィンのような人物に出会うことなど出来ないのだろうなと思うと、惜しい。トモダチとの別れとはまた異なる感情。胸の奥が息をするたびに軋みをみせる。


「…そうだね。しかし、帰るまでが壁外調査だ。まだまだ休めないよ」

「はい、頑張ります」


ハンジと共に手を合わせ、気持ちを切り替える。ポンと肩に乗せられた手の暖かさとは裏腹に。「さあ生存者を探しに行くよ」そう言うハンジの声にいつものエネルギッシュさは感じられない。


「……」


…この背の後ろにいつもあった、頭一つ分大きい影は、もう無い。

ベルトルトの入った樽がシガンシナ区内に投げ込まれた後。ベルトルトはそこで巨人化せず、人間の姿でその場に現れた。アルミンが対話を試みるも、決裂。ライナーを仕留めにと動いていたハンジ班の後を追ったベルトルトが巨人化し、ハンジ班はその爆風に巻き込まれたそうだ。しかしハンジは優秀な部下に突き飛ばされ、丁度下にあった井戸に落ち、無事だったと。…最後までハンジの事を守った優秀な部下―彼の優しい笑みは今も鮮明に浮かぶ。


「……」


…辛いのは、皆同じ。この戦いの後でも悲しみを曝け出さないあなたも流石ですとは言えずに。
踵を返すハンジの背にルピは続いた。


===


一番安全であろう壁上に負傷者—サシャとアルミンを寝かせ、他の動ける者は双方が起きるまで残存する巨人の駆逐、そして生存者の捜索にあたっている。

内門—特攻作戦後の平地の生存者捜索にはフロックとコニーが。北門集落付近の捜索にはリヴァイとルピが携わった。
潰された家屋の下など、見えない部分の音、臭いを辿る。血生臭さと飛び散った赤の成す異様な空間。遺体の状態が、殺され方の苛烈さを物語っていた。
ここもそうだが、平地も凄惨な状態だろう。フロックはかなり運が良い。投石が馬に当たり、馬が倒れた衝撃で彼は気を失っただけだと思われる。…だが、調査兵団の新兵として最初に背負った命の重みは計り知れない。


「!」


…その時、壁上に少し騒がしさを感じた。その方を見上げる自分に気付いたリヴァイが飛んでいく。彼の姿が見えなくなって数秒後、緑の信煙弾が上がった。

ルピはフロックとコニーが壁際まで戻ってくるのを確認してから、一緒に壁上に戻った。二人の顔は暗い。期待はしていなかったけれど、やはり生存者は見つからなかった。


「――…どうだ、わかったか、アルミン」


壁上に戻れば、アルミンのそばにエレンとミカサ、未だ眠っているサシャの隣にジャン、ハンジはアルミンの前に座り、リヴァイはエレンの後ろに立っている。
どうやら事の経緯の説明途中だったようだ。コニーはサシャの方へ駆け寄り、フロックは少し離れてシガンシナ区内の見張りを、ルピもまだ警戒が必要だろうと、ルヴになり内門側を見張りながら話を聞いた。


「ええっと…調査兵団は…ここにいる十人で全員…なんですか?」

「…今の所はな。戦闘が終わって四時間…ずっと生存者を探しているんだが未だ…」

「シガンシナ区の壁の封鎖に成功。ライナーと獣ともう一人の敵は…逃亡。…超大型巨人は捕らえることに成功。そして…瀕死の僕と瀕死のエルヴィン団長、どちらに注射を使うか…揉めた後、僕が…巨人になって、ベルトルトを食った…」


聞いた経緯をおさらいするように淡々と話していたアルミンはそこで持っていた水をがぶ飲みした。


「どうして…僕なんですか。誰がどう考えたって…エルヴィン団長を生き返らせるべきじゃないですか!?兵長!?どうして僕に打ったんですか!?」


アルミンらしい反応だった。いや、一兵士としては至極当たり前の反応だろうか。
リヴァイは大きく舌打ちをし「ありのまま話せと言っただろうが」と座るエレンの腰辺りに軽く蹴りを入れる。


「少なくとも…お前の仲良し二人はそう思わなかったようだぞ?俺に抵抗し刀傷沙汰に及ぶ程な」

「え?」


アルミンの反応に、エレンは罰が悪そうに顔を背ける。感情的なエレンはもうそこにはおらず、「オレ達はどんな処罰も受けます」と小さく声を発した。


「当然、兵規違反の罰は受けてもらうが…罰さえ受ければ何をしてもいいのかい?」


いいえ。と言う彼の背がどんどんと丸くなっていくのがわかる。
後悔はしていないだろうけれど。アルミン本人の口から出る言葉―どうして僕が、という言葉が出ることもきっと彼は分かっていたはずだから、余計にいたたまれないのだろうと思う。


「……だがな…最終的にお前を選んだのは俺だ。いや…俺の私情でエルヴィンの死に場所をここに決めちまったんだ」

「それじゃあわかりません。団長が死んでいいわけがない。エルヴィン団長がもういないなんて…僕たちは…この先どうすれば」

「私も…エルヴィンに打つべきだと思ったよ。しかしエルヴィンが注射を託したのはリヴァイであり、そのリヴァイは君を選んだ。それならもう何も言うまい。かくして君には、エルヴィンの命と、巨人の力が託された。誰に何と言われようと君はもうそういう存在だ。より一層の人類への貢献に期待するよ、アルミン」

「…ぼ、僕が…エルヴィン団長の代わりを…ですか!?…そんなバカなことが…」


ミカサとエレンの顔が曇っていく。注射を打てばその者は救われる。だが、そんな単純な話では終わらない。生き返った者は今まで通りの生活には戻れない。巨人の力を使えるということは、人類のためにその力を行使すること。エレン同様、いろんな責任がのしかかる。生き返って欲しいという私情が、その者に重圧を与えるなどその時は想像すらしていなかっただろう。


「勘違いするな。お前じゃエルヴィンの代わりにはなれねえ。…だが…お前はお前で人にはない力をもっていることも確かだ」

「……」

「いいか?誰も後悔させるな。俺も、こいつらも。誰も…お前自身も。後悔させるな。それがお前の使命だ」


アルミンの表情が、変わる。
同時に、床から小さなうめき声が聞こえた。


「うぅ…うるさい…」


意識は戻ったようだが、まだその目をしっかりと開けないのか、はたまた夢うつつか。しかめっ面でポツリと一言、この場の空気をぶち壊したそれに、ハンジがクスリと笑った。


「はは…サシャには適わないな」


重苦しい空気から解放されたかのように、エレンは小さく息を吐く。


「……まぁ、私もエルヴィン後任の調査兵団団長としては、君と似たような立場だ。こうなればお互い、腹を括るしかない」

「はい」


ハンジが団長にいつ任命されたのかは知らないが、ルピも誰もその言葉にあまり驚きを見せなかった。そうなることが至極当たり前に思えたからだろう。
古株で生き残ったのはハンジとリヴァイのみ。そして次にルピ。後の7名はまだ兵団に入って1年にも満たない新兵達。

全てを取り戻した。だが、敵は殲滅出来ていない。逃げた敵の行方、壁内人類の行末、分からないことが残るのはいつものことだ。…しかし、この壁外調査は、いつもとは異なる。この作戦にはまだ、続きがある。


「さて…アルミンも問題ないなら、そろそろ行こうか。私とリヴァイ、エレンとミカサで調査に向かう。ほかの四人はルピとともにシガンシナ区壁上で四方から見張ってくれ」


…そう、ここへ来た目的。エレンの生家の地下室に眠る秘密。…エルヴィンが、ずっとずっと求めていたもの。


「エレン。鍵はなくしてないかい?」

「はい、ここに」


スッと胸元から出された、銅褐色の鍵。持ち上げられた反動でそれは小さくユラユラと揺れ、その存在を皆に知らしめた。



back