馬術の訓練が終わって直後、ルピの言った通り天候は荒れた。
勿論その後の訓練は中止になり、加えてエルヴィンにリヴァイが呼び出されてしまったので、ルピはこの日またゲルガーとトーマとナナバと勉強会を行うこととなった。
「よし、合格だ。大分上手くなったじゃねえか」
「本当ですか?」
「読む方も大分様になってきたしな。あとは兵法書が読めれば言う事無しだな」
トーマが言うそれは訓練兵が必ず目を通しそしてその全てを把握しなければならない要は訓練兵の教科書のようなもの。この人類の歴史、政治、兵団、そして巨人について書かれているそれは難しい言葉も多い為、ルピが解読するのにはかなり困難すると思われた課題である。
「……まぁ、それにはあと半年以上かかりそうだな…」
「訓練兵を卒業するまでに完璧にすれば大丈夫よ」
ルピは物覚えがいいんだし。とナナバが言う。
最近ようやくルピは褒められるという事がどういうことかわかってきていた。要は自分の良いところを相手が見つけて認めてくれているということであろう。しかしそれに気付いてからは、少し照れ臭くなるようになった。
「…あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん?なんだ?」
「リヴァイさんに認められるって、どういう風にいいんでしょうか…?」
エルヴィンが言った。リヴァイに認められているものが彼の訓練を受ける事が出来ると。しかし彼は自分を"褒める"とかそういったことはしない。合格だとか上出来だとかそういった言葉は貰ったことがあるが、でもそれだけ。…別にそれが不満だとか、そういうことでは無いけれど。
そうして三人は交互に熱くリヴァイについて語ってくれた。リヴァイはとにかく凄い人らしい。"人類最強"の兵士と呼ばれていて、一個旅団(約四千人)並みの力を持っているのだそうだ。彼直々に教えてもらえるなんてそれは最高でありがたき幸せなこと。彼に認められるというのは兵士として誇りにすべきことで、誰もがそれを望んでいるのだと教えてくれた。
「完全無欠の英雄なんだ、兵長は」
「そう、なんですか」
「しかしまぁ、最初に兵長に会った時のイメージは最悪だったな」
「……、!」
「神経質で粗暴で近寄り難い。誰もがそう思って――」
「――誰が神経質で粗暴で近寄りがたいって?」
「「!!!」」
ゲルガーとトーマは背後からかかったそれにひっくり返るほどの驚きを見せ、ナナバは何も言っていませんと表わす様に静かに紅茶を啜っていた。
ルピとナナバはリヴァイが入ってきたのを知っていたが、あえて二人に言わなかったのは暗黙の了解がそこに生じていたのかもしれない。
ゲルガーとトーマの間に割って入ったリヴァイはドガッと椅子に腰かけ、ナナバが「紅茶でも?」と言うとそれに一言「あぁ」と返しただけだった。きっと両端の二人はリヴァイがお怒りだと思っているのだろう、冷や汗をかいている。
「へ、兵長、…ご機嫌麗しゅう」
「何がご機嫌麗しゅうだ。貴様らもルピに変な事吹き込むんじゃねぇよ」
「いやぁ、そんなつもりは、(…も?)」
「そ、そんなことより兵長、ルピの上達の程見てやって下さいよー」
「ほぅ…」
紅茶を飲むリヴァイ、自分について語るゲルガーとトーマを、ルピはただ黙って見ていた。
「……、」
皆どうしてそんな流暢に言葉が次々に出てくるんだなんてこの時はそんな呑気な事を思っていたのかもしれないが、
…今日会ってから皆の表情がいつもより硬く、そして今も解れない理由を一人で探していたというのもある。
リヴァイはそれを直視はしないが観察していた。声を発する者の方へせわしなくキョロキョロと顔向けるルピのその様はまるで犬。無表情には飽きてきたが、それでも彼女の行動には飽きがこない、なんて。
「……、ルピ、行くぞ」
「、はいっ」
紅茶を飲みきったリヴァイが立ちあがって刹那ルピも席を立ち、二人はその場から去っていった。
「……ねぇ、今兵長…」
「ん?どうしたナナバ」
「…笑ってなかった?」
「は?…あの兵長が!?ウソだろ!?」
「…気の所為か、」
「……にしてもルピは本当兵長に懐いてるよなぁ」
「あぁ、尻尾振ってついてくもんね」
「え?しっぽ!?」
アイツ尻尾生えてんのかなんて、どうしてこうゲルガーは馬鹿なんだろう。それにどうして彼女がいるとこう緊張感が無くなるのかと、ナナバは一つ溜息をついた。
…明日壁外に行くなんて、この穏やかな空気の中では考えられなかった。