「――……、」
ふと目が覚めると、いささか低い位置に頭が一つ。あぁそうか昨日コイツと一緒に寝たのかとどこか他人事のように思ってしかし、リヴァイがすぐにそこから退くことはなかった。
リヴァイは片肘をつき、暫くボンヤリとそれを見下ろしていた。起きる気配はない。どんなけ雷に神経遣ってたんだと呆れながら、一つ小さく息を吐く。
「……おい、ルピ」
「っ、」
「何時まで寝てんだ、起きろ」
グリグリと昨日より些か(いやかなり)乱暴気味にその頭を撫ぜる。顔をしかめながら寝ぼけ眼な彼女がどこか可笑しかった。
「っ、はい、すいません」
今日に限ってなんて穏やかな朝なんだろう、なんて。自分でモーションをかけておきながら自嘲気味な息を漏らし、リヴァイはようやくその布団から出た。
開けられたカーテンから入ってくる日差しが眩しい。ルピは目を凝らしながらその体を起こした。
何時の間にか眠ってしまっていて、気付けば雷の音も無くなっている。開け放たれた窓から見える空は昨日の朝と同じ…いや、昨日よりも澄んでいる気がした。
今日も晴天の中訓練が出来る。今日も頑張ろう。そう思いつつ、ベッドから出る。
「すぐに準備、」
「――いや、今日は訓練はナシだ」
ピタリとルピは動きを止めた。訓練を始めてから今までその言葉を言われた事はない。
リヴァイに目を向けると、それでも彼はそそくさと準備を始めていた。…ルピはそれを見て、何かを感じ取っていた。
「…、リヴァイさん」
「今日、第12回壁外調査がある」
「……、」
あぁ、やっぱり。だから昨日彼らの表情が硬かったのだと思った。でも、どうして、
「…いつ、決まったんですか」
それがどういう過程でいつ決定されどうやって皆に知らされるのかルピは知らないが、でも…きっとこれは馬鹿でもわかる。それが突然今日やりますよ、なんて言われる筈が無いってこと。
「一カ月前だ」
「…っ」
「お前の訓練を始める前から、既に決まっていた」
だったらどうして。…どうして自分に教えてくれなかったのだろう。
「お前にはそれを言わない"決まり"になっていた。お前はまだ調査兵団じゃないからな」
「……」
「心配しなくてもお前は連れて行かねぇ。お前はここでお留守番だ」
何も聞かなくともリヴァイはそれを淡々と語る。いつになく口数が多いだなんて、そんな悠長な事を思ったかどうかは定かではない。
それに自分の心配などこれっぽっちもしていなかった。まだ壁外調査というものを実感したことはないが、それこそ彼やハンジ、ナナバ達から聞かされている話からそれがどういったモノかはある程度把握しているつもりである。…毎回三割の被害が出ている。その数字はいまいちピンとこなかったが、それでもその被害の内容は理解している。
――巨人に、殺されるということを
「俺が帰ってくるまでここから出るな」
食事は運ばせる。夜までには帰ってくる。そう話す間も、リヴァイはルピと目を合わせない。
「…………、」
「いいな」
「……、わかり、ました」
その肯定した言葉は、いつになく出るのが遅かったと思う。それに従うつもりであることをその言葉で示した以上、それ以上の何かを言う権利を自分が失った事も分かっている。
いや、正直こんな時、何を言ったらいいかルピにはわからなかった。それを行うのが調査兵団の役割であって、義務であって、それを否定したり逆らったりなどするような気は元々ルピの中には備わっていない。
…でも、
――俺が帰ってくるまでここから出るな
――私たちが帰ってくるまで、ここから出てはいけない
「……、」
彼らの最後の言葉と、リヴァイが言った言葉が重なる。あの時忘れていた感覚が、一瞬でルピの中にフラッシュバックした。
「……」
ルピがすんなりと肯定を示した事は少しリヴァイには意外だったが、それにどこか安堵してそうしてようやく彼女を振り返ればしかしそこには言葉とは裏腹にどこかしゅんとして寂しそうな顔をしているルピがいて。
「…そんな顔をするな」
「っ、」
「……俺は絶対に帰ってくる」
確信はあるが確証はないその言葉をリヴァイは残していた。
きっと彼女は今、あの家族の事を思い出している。この状況がそれに酷似しているかも、彼女の今の心情を全て理解しているかも分からないけれど。
ポン、と一つリヴァイはルピの頭に手を乗せた。それで彼女の気が治まればなんて考えていたかは定かではないが。
「いい子にしてろ」
「…はい、」
待ってます。小さくそう言って、ルピはその後ろ姿を見送った。
…先ほど頭に乗った手は、今までで一番優しかった気がした。