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「――……」


その日一日、何をしていただろう。ほぼ読めない兵法書を何度も捲った。怠けているのが嫌で筋力トレーニングをした。…何かをしていないと、そわそわして落ち着かなかった。

会話をしたのは食事を持ってきてくれた人だけ。その人はナナバ達ほどではないが自分への警戒を持っていない人で、ルピはその人から少し話を聞いた。今日の遠征は小規模らしいが、それでもハンジもナナバもゲルガーもトーマも皆出兵していると教えてくれて、


「…………」


それを聞いてから、どうして昨日もっと皆と話をしておかなかったのだろうかと悔悟の念が後を絶たない。いや彼らが死んでしまうとかそんな風には考えていないのだが、でも、もし誰も帰ってこなかったらという仮定が頭から離れてくれないのだ。

ファルクとルティルが出ていった時よりも、今の方がその念が強い。帰ってきてくれるという希望よりも、もう会えないかもしれないという悲観の方が現実味を帯びているということを身を持って経験してしまったからだろう。

…一人で待つ。ダメだ。違う。自分も、その場にいなければいけない。ただ待っているだけでは変わらない。その場にいて、皆と一緒に、




「――っ!」


その時だった。聞き覚えのある足音。ルピは寝転がっていたソファからすっと体を起こした。


「――灯りも点けねぇで、テメェは」


根暗か。扉を開けての第一声。意味はサッパリわからなかったが、それでもルピはそこへ駆け寄っていた。


「っ、リヴァイさん」


おかえりなさい、なんて。…そんな言葉言われたのはいつ振りだろう。いや、初めてかもしれない。ご主人様の帰りを待ちわびていた犬が尻尾を振って駆け寄ってくるようなその様に、リヴァイは一瞬自分が戦地にいたことを忘れるような感覚に陥った。


「…あぁ、」


いい子にしてたか、なんて。言いながらテーブルの上に置かれ、開きっぱなしになっている兵法書に目を向ける。真面目なのは部屋に居ても一緒らしい。


「読んだ本は片付けろって言ったよな」

「…あ、すいません」

「もう暗ぇだろ。灯りくらいつけろ」

「…、はい」

「ったく、お前は俺がいねぇと本当ただのガキだな」

「……怪我、とかしてないですか、」

「お前、俺を誰だと思ってる。無傷だ。悔やまれるのは奴らの血でこの手が染まった事くれぇだな」

「…………、リヴァイさん、」

「なんだ」

「…………いいえ、何も、」


ルピはそうして顔を伏せる。変な奴だな。リヴァイはそう言ってマントを外し始めた。

いつになく、そう、あの時と同じ。リヴァイがよく喋る。何かあるとルピは思った。でも、聞けなかった。やはりこういう時何て声をかけたらいいのかがまだわからない。


「…?」


その時。リヴァイがジャケットを脱いだ瞬間何かが床にポトリと落ちた。ルピにはそれが何だかわからなかったが、リヴァイはただ黙ってゆっくりとそれを拾い上げる。


「……今日はまだ、少ない方だった」

「、」

「それでも、約二割ってとこか――」


それを見つめるリヴァイの顔はルピからは見えない。その数字が何を意味するのかは言われなくてもわかったが、それでも何を言おうとしていたのかはわからない。リヴァイは結局、根本的な部分を語ってはくれないとルピは思う。


「ルピよ」

「…はい、」

「……お前は、俺以上に強くなれよ」


そう言ってリヴァイは部屋を出ていってしまった。


「……、」


テーブルに置かれたままのそれは、小さなあの"自由の翼"だった。それを手にとって見てみればそれは少し汚れていて、黒ずんでいる。リヴァイのモノではない。それは、誰かが持っていた翼。…誰かが落としてしまった、翼だった。


「…っ、」


それを見て、どんな感情が湧きおこったかと聞かれると答えられない。この翼をその背に負うことの意味を、きっと自分はまだ半分も理解できていないのかもしれない。

ルピはその翼をそっとテーブルの上に乗せ、夕陽の差し込む窓辺に立った。いつもと変わらぬ街並みが広がっていて、その赤がそれらを染めていく光景は、


――悲しいほどに、美しかった



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