あれから、二ヶ月――
「――やぁルピ、おはよう」
「おはようございます、エルヴィンさん」
その日、ルピはエルヴィンの部屋に呼ばれた。もちろんリヴァイも一緒に。そうして部屋に入ればそこにはミケやハンジもいる。…この四人が揃うと、いつもルピはあの地下の事を思い出す。
「ちょっと見ない間に、随分成長したんじゃないか」
「…そう、ですか?」
第12回壁外調査が終わって三日後くらいからそこにはいつもの日常が戻っていて、しかしルピはそれまで以上に気合を入れて訓練に励んでいた。
語彙力も増え、読み書きもほぼ完ぺき。…そうだな、しいていえば変わってないのはその身長と小柄な体くらいだろうか。
「はは、相変わらず謙遜するところは変わってないな」
その間、ハンジの身体調査があったり聴力嗅覚の実験も行っていた。
嗅覚はミケに劣らないくらいで、彼を少々落ち込ませてしまったのを覚えている。それよりも驚かれたのは聴力の方で、確か、そうだな、…ええと、何メートルだったかな(曖昧)。
とにかくそれを皆に賞賛されたのだけは確かだった。早くそれを試したい、君の力が必要だとかけられた声。それによって一層ルピは兵の中で自分の存在意義を高めていき、そうしてまたその一カ月間でルピを警戒したり蔑む者の数は"極端に"減っていた。
「…ルピ、君も明日からようやく訓練兵だ」
…ハンジの身体検査はというと、特に異状も極端な異例もなくただの身体測定として終わっていた(なのでここに簡潔にまとめておくこととする)。
「三年間、そこでまたしっかり力をつけてきなさい」
「はい」
まぁリヴァイの修練を受けてきたからさほどそれには苦労しないだろう。エルヴィンは笑っていた。ミケがよくそれに耐えてきたなと褒めてくれる。当然だなんてリヴァイはどこか自慢げに語っていた。
「…三年後、人類はまた新たな一歩を踏み出せると期待しているよ」
この二ヶ月に比べて、三年という期間はとても長いように思えた。それでも彼らは自分がここへ戻ってくるのを待っていてくれる。いつでも自分を必要としてくれる。
「はい、エルヴィンさん」
ルピはその右手を左胸に当てた。胸一杯に詰まった期待を、いつかその"翼"に乗せて飛べる日を思って。
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その日の夜、ルピはリヴァイと兵舎の屋根の上に居た。訓練後はいつも次の日に備えすぐに眠ってしまう為、ゆっくりと暗い空を見上げることもリヴァイとこうして外を出歩く事もなかった。
運よく本日は快晴で星がとてもキレイに空に浮かんでいたが、それでも少し視線を下げれば見えるは人類を隔てる大きな壁。それは理想と現実のコントラストをよく表わしているようにも見える。
その間、リヴァイとはそんなに多くの会話は交わしていない。それでもルピはそれを苦には思わなかった。いつからだろう、いや、最初からかもしれない。
「ルピよ」
「はい」
ふいにリヴァイが口を開く。ルピが目を向けるも、リヴァイはそのまま空を見上げていた。
「…お前がそこで訓練している間、俺は何度も遠征に行くだろう」
「……、はい」
この二ヶ月でリヴァイ達が遠征に行ったのはあの一回だけだった。どれほどの期間でそれが行われるのかは知らないけれど、それでも三年のうちで彼が壁の外に出る回数はきっと少なくはない。
それを思えば、至極胸が詰まる思いがした。もしその間に、なんて、想定したらきっとリヴァイは怒るだろうけれど。
「三年後、必ず訓練兵を首席で卒業しろ」
「…首席、ですか」
「それが俺の訓練の最後のノルマだ」
いいな。ルピはコクリと頷いた。
その時ルピが気付いたのは、エルヴィンやリヴァイ達がしっかりと未来を見据えてるという事だった。自分やあの時悲しみにくれていた兵士たちはきっと、今しか考えていない。…あぁ、だから彼らは強いのかもしれない。彼らとの違いは"そこ"にあるのかもしれない、なんて。
「……三年、――」
今一度その数字を口にする。いつもリヴァイと訓練して、いつもリヴァイの後について回って、いつも同じ部屋で過ごしてきた。…そんな日々とも、今日でさよならだ。
「……ちょっと、寂しい気がします」
リヴァイにとってその月日がどんなものであったのかは知らないが、自分にとっては"特別"だった。ファルクとルティル以外に出来た新しい関係。今迄なかったそれは、そう、至福だったと言っても過言ではない。
「……三年間全く会えねぇワケでもねぇだろ」
「…本当ですか?」
「俺は絶対行かねぇけどな。会いたきゃテメェで会いにきな」
「……はい、わかりました」
チラリとリヴァイはルピに目を向けた。
…その時見せたルピの顔は、あの時見せた顔と同じような気がした。