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「――訓練兵、整列!」


ザッ_


少しざわついていたその場が一瞬で静寂に変わった。天気は良好。気温も最適。殺風景なその茶色の風景に空の青が良く映えるその日。


第102期訓練兵の一日は始まった。


後ろに両手を組み、規則正しく並べられた訓練兵。ルピはというと前列しかも一番左端にいた。一瞬身長順かと思ってチラリと右や後ろに目を向けたが、…そうでもないみたいだった。

そうして訓練兵の前にも人が並んでいく。訓練兵に比べて幾分年を重ねているであろうその人たちが、おそらく教官なのだろう。同じように整列した彼らの先頭に立っていた―ルピに一番近い人物が一歩前に出る。強面でいかにも鬼教官という感じは、そのツルツルした頭が余計際立てているように思えた。無防備なそこに当たる太陽の光も、この殺風景な風景によく映えている、なんて。


「私が君たちの教育担当であるキースだ。以後よろしく」


そんなどこか逸れた方へ思考を向けながらもルピはずっとキースを見ていた。いやきっと訓練兵全員がその人に注目していただろう。
キースが話始めると緊迫した空気が辺りを包んでいった。きっと素晴らしい事を話しておられるのだろうが、正直ルピは半分程度しか理解していなかった。

その最中、キースがふいにルピに視線を向けた。目が合う。きっと泣く子も黙らない寧ろ余計号泣してしまうであろうその顔が、何故かぐんぐんと近づいてくる。
その目が捉えるのはルピオンリー。そうして自身もそれから目を逸らさないもんだから、お互い長い間見つめ―いや、睨み合うこととなったが、


「……」

「…………」


それが至近距離に迫ってもルピはピクリとも動かなかった。隣の人の横目の視線を感じる。いや、後方からも、皆がキースとルピに視線を向けている。…一体何をしているのだろうかと。いや、寧ろこっちが聞きたい。これは何をしているんですかと。

しかし、キースはその後一言も発さなかった。そうしてルピの隣の兵に移動してから、


「貴様は何者だ!!」

「っ!」


急にその声を張り上げたのだった。
ビックリした。いきなりそんな近くでそんな怒声、耳のいい自分には毒。他の兵も驚いたのだろう、その場に少しざわつきが生まれていた。
…隣の人は突然のそれに少しオロオロしながらもキースに負けないくらいの声で自分の名前を叫んでいたが。


「貴様は何の為にここへ来た――!!」


それから一人ひとり次から次へとキースに名を聞かれ、そしてここに来た目的を聞かれていった。それは新しい自己紹介のようだったが、…それだけならまだよかったかもしれない。


「一列目、後ろを向け――!!」


キースはその名前にケチをつけたり、その目的を貶していったのである。きっと彼の辞書に褒めるという言葉は存在しない。それはただの恫喝だった。変わらぬ大声で怒鳴りつけるように、…まるで彼らの中にある"何か"を吹き飛ばすかのように。


「貴様は何だ――!!」


キースのその洗礼が終わった者は冷や汗をかいていたり、あるいは既に泣きそうになっていたり、その表情は様々だった。

――ただ一人、自分を除いては


「…………」


あれ。おかしいな。それに気付いたのはそうだな、一列目が終わって二列目に差し掛かり、そうして二列目の丁度自分の後ろにいた人がその洗礼を終えて、キースが三列目に移った時だろうか。


――自分は、何も聞かれていない


…おかしいな。確かに自分とバッチリ目が合っていたと思ったのに、キースに自分は見えてなかったのだろうか。

チラリとルピの後方側になった教官達を盗み見る。もしかして彼らも自分に気付いていないなんてことはないだろうな、なんて。
刹那そのうちの一人と目が合ったがその人は自分に何も言わず、それに他の教官もキースのそれをただ黙って見ていた。キースに怒鳴りつけられている兵を憐れむでもなく、ただ何かを図るかのように。


「……」


何かを諦めたかのようにルピはそれから先頭に立っていた為見えなかった兵達の後ろ姿を眺めていた。
どのくらいの数がそこにいるのかはパッと見では判断出来なかったが、それでも数百名はいるのではないだろうか。どうだろう、若干男の人の割合の方が多い気もする。年はきっと皆同じくらいだろう。

訓練兵になれば、いろんな人と関われる。そうリヴァイに言われた事を思い出す。


「……、」


既にその場所が懐かしくなっていた。ここで自分はまた新たな場所を見つけることが出来るだろうか。自分を、皆受け入れてくれるだろうか。…リヴァイ達のように。


「――それではこれより、この訓練施設及び今後の予定を説明する」


ルピの懸念は寧ろそこにしかない。ここでの三年間がどんなものになるのか、不安と期待でルピの胸は既に一杯だった。



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