「……おい、聞いてんのか?」
赤くなった自身の手を白い布で拭いているその人をルピはキョトンとした顔で眺めていた。
緑のマントを羽織り、手には銀の長い刃が二本。ここに住んでいた街の人達とは格好が違う事など一目瞭然。
そうして手を拭き終わった小柄で黒髪なその"お兄さん"は、自分をキッと睨んでくる。…きっと誰もがそれを鬼の形相だとか言うのだろうが、ルピにはそうは写らなかった。
「お前は何故ここにいるんだと聞いている」
「…なぜ、?」
やはり自分は街に入ってはいけなかったのかもしれない。だからその人は怒っているんだと、そう思った。
そうして後悔しながら、さきほど倒れたヒトにもう一度目を向ける。それは燃えてもないのに、煙のようなものを出していた。
「…………ガキ、怪我はねぇか?」
お兄さんの質問が急に角度を変えた事をさほど気にも留めずコクリと一つ頷きながら、ルピはそれが消えていくのをずっと見続けていた。
不思議な光景だった。さっきまであんなにニコニコして歩いていたのに、お兄さんに殺されてしまった。…どうして殺したのだろう。あのヒトは、何か悪い事をしたのだろうか。
「…あのヒトは、」
「あれは人じゃねぇ。"巨人"だ」
「……あれが、きょじん?」
「…………知らなかったのか?」
知らなかったわけではない。ファルクとルティルからその言葉は聞いたことがあった。まさか目の前のこれがそうだとは夢にも思っていなかったが。
「…お前、アレが怖くねぇのか」
怖い。そう言われてみれば最初は怖かったのかもしれない。あの足音を立てる正体がヒトであり、そして"人"と同じだと思ったから。
…しかし、
「遊んでくれるのかと、思いました」
「……」
「ニコニコして、近づいてきてくれたから」
そしていつの間にかそのヒトは、骨格だけになって消えてしまっていた。
「…………そういう顔をしてんだ。アイツら皆な」
「みんな?」
「まぁ…遊ぶといや遊ぶのか。…弄ぶ方だがな」
「?」
「アイツらは人を捕食する。…お前、喰われなくてよかったな」
「人を、喰べる…?」
「…とにかくここを出るぞ。もうこの辺にはいねぇだろうが――」
ズシン、ズシン_
「――!」
「油断は、」
「まだ、います…」
「……、なんだと?」
「あっち…」
そうしてルピは指を音の聞こえた方へ向けた。
「あの煙突の向こう側、」
「……」
「ふたつ、音があります…」
お兄さんは怪訝そうな顔でその煙突の向こう側を見ようとしていたが、次に言葉を発した時には驚いた顔を自分に向けてきていた。…何かおかしなこと言っただろうか。
「あ、向こうにも……あれ?無くなった…」
集中して聞き耳立てればその音はたくさんそこらじゅうに広がっていた。
このヒトみたいな巨人がいっぱいいるのだと思ったら、ようやくそれに芽生え始める恐怖心。人を喰べてしまうと聞いたからから余計かもしれない。
「……お前、」
そうしてお兄さんが自分に向き直った時。お兄さんが現れた時と同じ音が聞こえて、
「何か、飛んできます…」
「は?」
「――リヴァイ!…んっ?その子はどうしたの?!」
お兄さんの後ろに現れた"何か"は、お兄さんと同じ格好をした今度はお姉さんだった。
お兄さんよりも少し大きいその人は珍しいものでも見るかのように自分を見つめている。その人はその目を何かで覆っていてよく見えないが、それでもお兄さんと同じ目をしてるとルピは思った。
「……ハンジ、コイツを見てろ」
「?」
「…え?っちょっとリヴァイ!?」
そう言い残してお兄さんは、自分が指をさした煙突の方へ行ってしまった。
「ったく、どこへ…」
「……きょじんの、ところだと思います…」
「…え?」
そうしてすぐに見えなくなってしまった"お兄さん"。しかしその後ろ姿はまるで、本当に翼を生やして飛んでいるようにルピの目には映っていた。