「――やぁ〜リヴァイ、ご機嫌麗しゅう」
そう言って自分の隣の席に座った眼鏡の女。リヴァイは顔も向けず、食後の紅茶を口元に運んだ。
「……その挨拶流行ってんのか?」
コイツに会うのは何かと久しぶりじゃないかと思う。あれからそう、調査兵団の中はいつも通りの日常が戻っていた。…というより自身の日常が戻ってきた、と言った方が正しいのかもしれない。
「一人か。珍しいな」
「すぐ戻るよ。少し休憩しに来ただけさ」
「…相変わらず"多忙"だな」
「リヴァイが手伝ってくれれば少しは楽になるんだけどね〜」
そう言うハンジに「断る」とサラリと言い放ってまたカップに口を付ける。久しぶりに会ったからか、ハンジが隣にいるとやけにその存在のデカさが目に付いた。そんな事今まで感じた事などなかったのだが、…最近まで自分よりもかなり小さなモノを隣に置いていたせいだろうか。
「そういやリヴァイ、いろいろ裏で手を回してたんだって?」
「…何の話だ」
「ルピが向こうで過ごしやすいようにさ」
「さぁな。俺は何も関わっていない」
大方エルヴィンだろ。そう言う彼はシレっとした顔をしているが、これはそのエルヴィンから聞かされていたんですけど、とは言えなかった。…どうにも彼は素直じゃないとハンジは思う。
「もう一週間以上経つのか、早いねぇ〜」
「……」
「ルピ頑張ってるかなぁ〜」
ハンジが話を振ってもリヴァイは優雅に紅茶を啜るだけで何も言わない。そういやルピが訓練兵になって二日後くらいに話した時も彼は何も言わなかった気がする。まるでそれを拒んでいるかのようにハンジには思えた。…それを口にしないのは、もしかして、
「……リヴァイ、寂しいんじゃないの?」
「…、なんだと?」
ピクリとリヴァイは反応した。そこで初めてハンジに顔を向けた彼のそれがものすごく怖い事になっているのを、正面の席に居たトーマ・ナナバ・ゲルガーのいつもの三人が目撃する。
「(…おい、あれ兵長怒ってるよな?)」
「(あぁ、アレはマジな時の顔だ)」
寂しい。誰が。自分が?…そんな事あるワケが無い。"犬の躾"から解放されて清々しているくらいだ。部屋で一人で過ごすのも何処へ行くにも一人なのもずっと昔からそうであって、二ヶ月の間みっちり隣にその犬が居ただけのことであって、…そうしてその犬を少しの間他人に預けているだけであって、
「…おいクソメガネもう一回言ってみろ」
「リヴァイ、寂しいんじゃないの?」
「……テメェ、削がれてぇのか?」
「リヴァイ、寂しいんじゃないの?」
「よしわかった」
心置きなく削いでやる。その瞬間、その場の空気が鉛のように重たくなった。
「(荒れてる、兵長が久々に荒れてる!)」
「(…分隊長本当にもう一回言った)」
「(いや、二回もだろ!)」
「(おいゲルガー、お前止めに行けよ)」
「(はぁ!?何で俺!?)」
「(モブリットいねぇし。代理として)」
いつの間にかその場にいた人々は一目散に立ち去っていた。リヴァイが怒ると見境が無くなるのは調査兵団の中では知っておくべき注意事項の一つで、巻き込まれるのは自己責任。原因が大半そのクソメガネにあることも誰もが知っている事実である。
「(ふざけんな!俺が削がれるわ!)」
「(いや、早くしねぇと分隊長が、)」
しかし専ら噂ではハンジがワザとリヴァイを怒らせているのではと言われている。現に今彼に攻められている彼女はどこか嬉しそうであり、寧ろどんどん火に油を注いでいくのだ。人類最強を怒らせて彼女の何が滾るのかは誰も知らない。…もしかしたらモブリットは知っているのかもしれないけれど。
「「「(…あ、出ていった)」」」
ハンジの楽声とリヴァイの怒声がフェードアウトしたその場に残っていた三人は、少々荒れた(荒らされた)食堂を見て溜息を同時につく。
「…でも本当、あんな兵長久しぶりに見るよね」
「いつぶりだ?そういや昔は結構あった気が、」
「……ルピが来る前じゃない?」
「あーそうかもな。…今ルピいねぇもんなぁ」
だから再発したのか。人類最恐、再降臨。これみよがしに言いたい放題な二人も兵長に一回削がれればいいとナナバは思う。
「ルピが機嫌とってくれてたのか…気づかなかったぜ」
「あー、早く戻ってこねえかな、ルピ」
ナナバはその時、ルピと最初に会った時の事を思い出していた。
この場所に相応しくないとされていた彼女が、今やこの場所に居ない事が相応しくない、だなんて。
「…そうだね」
ナナバはふと、彼女に会いたくなった。