ヒュンッ_
薄暗い森の中に響くワイヤーが飛ぶ音、人の声。兵団になる為に最も重要な訓練―巨人討伐の模擬訓練が初めて行われたのは、訓練兵になって一年以上経ってからだった。
「――っしゃあ!アイツはこの俺様がもらったぜ!!」
訓練は基本得点式で、それぞれの分野で成績がつけられるようになっている。立体機動では斬撃(巨人に見立てた板のうなじに付けたスポンジに切り込みを入れた数とその深さ)とスピードや機動の扱いが採点基準となっている為、訓練兵はいかに巨人(に見立てた板)を速く見つけ討伐する(うなじに切り込みを入れる)かで張り合う。
「っあ、すいません、もらいます」
もちろんルピだってそのうちの一人。リヴァイの最終訓練のノルマは訓練兵を首席で卒業する事だから、その為にはどの分野でも成績上位をキープせねばならない。ルピはいくらリヴァイの特別訓練を受けていようがそこに妥協は見せなかった。
「っ何ィ?!…ってまたお前かよ!」
そう言ってブレードで自分を指さしながら喚いているのはオルオ。また、と彼が言うのはその前もそのまた前も彼の見つけたそれを横取りし(ルピはそうしているつもりはないが)、そして彼よりも深くその斬撃を残すからだろう。「俺に何か恨みがあるのか」というオルオにルピは「すいません」と謝っておいた。
「…まぁまぁ、オルオ。ドンマイ」
「ドンマイで済むか!」
そんなオルオを慰めているのは、タク・デズモンド。彼はそう一言だけ置いて森の中へ消えていった。
「くそっ、おいルピ!お前俺の後をちょこまかとついてくんなよ!」
「そんな事言われても…進む方向が同じなので、」
「それをどうにかしろってんだ!」
「そんな事言われても…」
十秒そこで待て。そう言って森の奥に入っていくオルオの背中を見つめながら仕方なく十秒数え始めると、
「っルピ?!」
「お前こんなとこで止まってなにやってんだよ?!考え事なら飛びながら出来るだろ?!」
後ろからペトラと、ニッグ・アルダスがやってきた。
「オルオさんに十秒待てと言われたので、」
「はぁ!?お前馬鹿なの!?」
「っ違うニッグ!ルピは律義なの!!」
「?」
「お前な、それオルオに――」
「…あ、十秒たったので行きますね」
「っあ!おい待てよ!!」
そうニッグが言い終わる頃には、既にルピの姿は森の奥へと消えていた。
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「――でも、本当ルピはすごいね!」
そうして模擬訓練が終わった後、先ほどの五人は一か所に集い雑談をしていた。
ニッグとタクはこの立体機動の訓練を通して仲良くなった人達で、ニッグはどちらかというとオルオよりだがオルオより滑舌はいいしオルオより真面目で、タクはオルオにはないクールさを持ちオルオよりも頼りがいのある人。そういえばオルオについてはまだ何も言っていないが、…ご想像の通りで間違いないと思います。
「素質ってやつだろうな」
それぞれ全く異なるタイプだが、いつからか訓練の最中でも食事の時もこの五人で行動する事が多くなっていた。
「まぁ〜俺には劣るけどよ!」
「そういやルピ、ブレードを逆手に持ってるけど…それは基本の持ち方じゃないだろう?」
自慢げに言い放ったオルオを遮ってそう問うてきたのはタクだった。
普通、柄に沿ってブレードを持つのが基本だ。そうして使うようにブレードは作られているし、なによりそうやって持たないと寧ろ扱いにくいに決まっている。しかしルピは右のブレードだけ逆手に持って使っていた。
「…………この方が、削ぎ易いんです」
この時ルピはうっかり口走りそうになっていた。…自分にその使い方を教えてくれた人の持ち方を真似たら、この持ち方が癖になってしまったということを。
「…へぇ、お前本当変わってるよなぁ」
「俺だってその持ち方でやろうと思えばやれるぜ?けどな、」
「…よく、言われます」
――お前も相当変わった奴だ
調査兵団は変人の巣窟。あの時の会話をルピはふと思い出していた。
「……お前らさ、俺を無視しすぎじゃね?」
…皆、元気かな、なんて。懐かしさに浸る心に一番に思い浮かぶ顔は、自分と同じ癖を持ったあの人の顔だった。