06




「――やぁ〜リヴァイ、ご機嫌麗しゅう」

「……」


またその挨拶かと思ったが今度はあえて何も言わず、リヴァイは無視しながら歩き続けた。
それでもハンジはそのまま並んで歩き始める。彼が返事をしないのには慣れている、というより返事をされる方が珍しいと言っても過言ではない。


「どこいくの?」

「エルヴィンに呼ばれた」

「奇遇だね、私も呼ばれた」

「…大方作戦の話ってとこだろうな」


ここ最近では、毎月のように壁外調査が行われていた。内容は以前と異なり、シガンシナ区までのルート確保及び点在する街や村に補給物資を設置することが主であるが、


「……で、何か分かったか?」


…その一方で、ある調査も進められていた。


「…分かってたらとっくの昔に切り出してるよ」


そりゃそうか、と一つリヴァイは息を吐いた。

あれからハンジの班は、ルピが住んでいた街―というより彼女の住んでいた家の調査を主に進めている。それはエルヴィンから直々に下った命であり、そうするのは彼女がそこで三ヶ月も暮らせた"知恵"が今後巨人の進撃が起こった際に役立つかもしれないし、加えて今だ謎のままの彼女の身元を判明する為のものだとリヴァイもハンジも考えていた。

ハンジの最初の報告によればルピが住んでいたその家は街にあるような家では無く、どちらかといえば小屋に近い形のもだった。"大人二人"と子ども一人が暮らすには少し狭いくらいで、リビングが一つとおそらく寝室であろう部屋が一つ、そしてルピが篭っていた地下の部屋が一つあるだけだった。


「奇妙なくらい"あの家族"の痕跡が何も出てこないんだよね」


それだけ見れば何も懸念する事は無いだろうが、ハンジが気になっているのはそこで"人"が暮らしていたという形跡が無い事にある。ナナバ達から聞いた話では彼女は肉を主に食べていたそうだが、それらを飼育する広大な土地も無ければ調理する道具も無い。洋服ダンスに入っていたのも小さな服ばかりで、寝室にあった布団は一つだけだった。

そこにあった物を物的証拠として持ち帰り詳しくいろいろ調べているのだが、彼女以外にそこに誰かがいたという根拠が何も出てこない。言わずもがなハンジ達が調査している間にそこに現れるのは巨人たちばかりで、その家族が現れる事もなく。


「…まぁ、気長に進めるしかないね」


そしてこれらは全てルピには内密とされていた。それもエルヴィンの命だが、彼女に過去を掘り起こして欲しくないという意図があるのかは定かではない。




「――リヴァイ、ハンジ、急に呼び出してすまない」


そうしてエルヴィンの部屋に入ればミケや他の分隊長も揃っていた。いつもと違って緊迫感が強いその場に違和感を覚える。見れば、エルヴィンの表情がいつになく険しいことにリヴァイは気付いた。


「……どうしたエルヴィン、クソでも我慢してんのか?」

「いや、もっと重症だ。…全員揃っているな」

「?」

「先ほどナイルから連絡があってな。…一ヶ月後、大規模な領土奪還作戦を行うそうだ」

「「!?」」

「人類の人口のおよそ二割を投資する。もちろん、その中に我々調査兵団も含まれる」

「人口の二割…!?」


およそ二十五万人。兵団全てをそれに投資するなどまずあり得ないし、それにきっと憲兵団は参加しないだろう。…だとしたらその少なくない数に含まれるのは、


「……一般市民を使う気か」

「あぁ」


誰もがそれに息を飲んだ。一般市民は訓練された兵団とはワケが違う。その命を捧げようと誓ったワケでもなく、寧ろ巨人に怯えそれから離れた生活を壁の中で送ってきた―非力中の非力な人間達である。


「……巨人にわざわざエサをやるなんて憲兵団は何を考えてやがる」


訓練もされていないそれを壁外に放り込むのは溝に捨てるのと同じこと。その結果は、目に見え過ぎていた。


「……寧ろそれが狙いだろうな」


ウォール・マリアに住んでいた者が壁崩壊後一斉にウォール・ローゼに避難し、今まで均衡のとれていた人民の生活水準が乱れるのはもちろん、食糧不足に陥る事はずっと懸念されていたことだった。
恐らく今回の領土奪還作戦はただの名目で、避難民や失業者を減らす事が本当の目的だろう。だとすればこれを決めたのは憲兵団で無く、

――王政府


「…忙しくなるな」


その場にあった緊迫した空気は、より一層濃くなっていた。



back