07




「――あ〜〜たりィ〜〜」


その日は午後から対人格闘術の訓練があった。…といっても教官たちの姿はどこにもなく、その為訓練兵は真面目にそれに取り組む者、ふざけながら取り組む者、まったく取り組もうとしない者の三手に分かれていた。


「…オルオさん、真面目にやらないと、」

「お前は真面目すぎるんだよ」


オルオは後者も後者の方でこれでもかというくらいだらけ切っていた。
対人格闘術は採点基準に入らないらしく、この時は他の厳しい訓練の間の休息の時間として使う者が多い。それを賢いやり方と考えるかは人それぞれだろう。


「まぁ、俺に勝てたら真面目にやってやらんこともないけどな」

「じゃあ、とりあえず立って下さい」

「却下だ」

「…………」


言ってる事が矛盾してる。ルピが諦めてこの不真面目とは正反対であるタクのところへ行こうとした、

――その時




「――っ!」

「っ、おいアレ見ろ――!!」


自身が感知したスメルの後にその場に起こったざわめき。ルピは一瞬それを疑った。


「リヴァイ兵士長だ――!!」


その場は一瞬でピリっとした空気に包まれ、訓練兵達はまるで何かのスイッチが入ったかのようにものすごく真面目に格闘術に取り組み始めた。

奥の方で鍛錬していたルピの前にはかなりの人だかりがあってよく見えなかったが、まぎれもなくリヴァイの匂いがそこにあった。それに皆が口を揃えてその名を発するから確実にそこにいることは明白である。
皆がそれに歓喜や動揺を見せる中、ルピは一人ポカンとしていた。絶対来ないって言ってた筈なのに、彼が今ここにいるのが不思議でたまらない。

組手をしながらも、訓練兵達はリヴァイに視線を奪われている。「カッコイイ」「素敵」「あれが人類最強の兵士」「強そう」と、さまざまな言葉が飛び交っていた。


「っマジかよマジかよ…!本物のリヴァイ兵士長だぜ…!!」


そしてルピの目の前にいる男もそのうちの一人だった。あんなにだらけ切っていたのに今や背筋まで伸ばし目を輝かせているオルオは、どこか別人のようでキモチワルイ気もする。


「俺はあの人に憧れて調査兵団を志望してんだ」


俺の髪型は兵長譲りなんだぜ、と自慢げに語るオルオ。「気付きませんでした」と正直に返すとオルオは「良いってことよ」とどこか上機嫌だったが、


「私にはよくわからない」


その上機嫌を折る発言をしたのは、ペトラだった。


「はぁ?!お前の眼は節穴か!?」

「完全無欠で冷淡な感じ。…ちょっと怖い気もする」


近寄りがたそうで、苦手。そう言うペトラに反論したのはオルオではなく、


「…そんなこと、ないですよ?」

「え?」


ルピにはペトラの思うようなところが最初から無かった。かといってオルオや他の訓練兵と同じ目でリヴァイを見ているかと言われるとそうでもない。
ルピはそこで初めてリヴァイが訓練兵にも憧れの的である事を知った。ゲルガー達が言うくらいだから相当なものだとは思っていたけれど、まさかこんなにも有名人だったなんて思いもよらない。


「っ、おい、こっちにくるぞ!!」


そうしてリヴァイは教官達と話をしながらこちらに歩み寄ってきた。その間リヴァイは一行に自分を見ようとはしなかったし、ルピもさほどそれを気には留めなかった。自分たちの関係は伏せられているから、変に意識してはいけない。今まで隠して来たのにここでバレてしまっては意味がない。

そうしてリヴァイが目の前に来た時、ただ突っ立っているのは自分だけで皆彼に向って敬礼をしていた。それもそうだ。リヴァイは兵士長という立場であって、訓練兵が上官に向かってそれをするのは当然というより必然である。
ルピはすっかりそれを忘れていた…というより今まで彼に向ってそれをした事が無かったししろとも言われていないから仕方がないのかもしれないが、


「……おい、ガキ」

「!」


周りを見て、あ、しまったと思った時には既に遅し。そこで初めてリヴァイと目が合い低い声で睨まれ続け、そして訓練兵全員の目がリヴァイから自分に向く。


「貴様"上官"に向かってその態度は何だ」

「…あ、すいません」

「なってねぇな。…俺が鍛え直してやる」

「…はい、」


そうしてリヴァイに首でついて来いと促され、ルピはそれについて行った。


「(っまじかよ!アイツ羨ましいぜ!!)」

「(大丈夫かなぁルピ…殺されたりしない?)」

「(あぁ、ありゃヤベェって)」

「(……でもアイツ、どっちかってと)」


なんか嬉しそうじゃね?あのリヴァイにお叱りを受けるのに平然とした態度のルピに、誰もがやっぱりアイツは変わった奴だと思っていた。



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