「……」
ルピは黙ってリヴァイの一歩後ろを歩いていた。もちろんリヴァイも何も言わないが、それは彼が怒っているとかそういう事ではないこともわかっている。あの頃に戻ったようで懐かしくて、ルピの中では何故リヴァイがここにいるのかという先ほどの不思議さよりも、会えた事の喜びの方が次第に大きくなっていた。
そうしてリヴァイについて行く事数分。ルピは入った事の無かった教官室に入れられた。扉を閉めてから、ようやくその声をリヴァイにかける。
「…お久しぶりです、リヴァイさん」
「あぁ」
返事の仕方もあの頃となんら変わっていない。久しぶりだがそこに感動の再会の空気は微塵も無く、寧ろ普通すぎて久しぶりな感じが逆に無くなった気がした。
「言っておくがここに来たのは俺の意思じゃない」
「……そう、なんですか」
「命令だ。別に俺は来たくて来たわけじゃねぇ」
仕方なくだ。何も聞いていないのにリヴァイはここに来た経由をくどくどと話始めた。久しぶりに会ったからよく喋るのかそれともまた"何か"あったからよく喋るのかは分からないが、…それを問う前にリヴァイが話を逸らしていた。
「どうだ、訓練の方は」
クソみたいなもんだろう。そう言ったリヴァイに返ってきた答えは「楽しいです」だった。相変わらずコイツは変わってるなんて、心の中でほくそ笑む。
「……お前の周りにいた奴ら、よく一緒にいるのか?」
「?」
リヴァイがそう問うたのはそれなりの訳がある。何もリヴァイはルピに訓練兵を首席で卒業する事だけを望んではいない。口に出しては言わないが、彼女にも新しい居場所や仲間を作って欲しいと思っていた。
ルピがペトラと二人部屋になったのも偶然ではない。そう、ハンジがエルヴィンから聞いた通り、リヴァイは事前に教官達に指示を出していた。いきなり大部屋だときっと彼女が委縮するだろうからと二人部屋を指定し、そして極力明るくて人見知りをしなさそうな奴をその部屋に入れた。キースにルピのことを事前に話すことを決めたのはエルヴィンであるが、そこにリヴァイもいたのは言うまでもない。
「お前の欲しがってた"トモダチ"とやらは出来たのかと聞いている」
「はい、…………たぶん、です、けど」
ペトラ、オルオ、ニッグ、タク。確かにいつも一緒にいるが、それを"トモダチ"と呼んでいいのかルピには分からない。というより"トモダチ"の定義もあまり分かっていないのだが、それでもルピにとって彼らは新しい居場所となっていることは確かではある…のだが、
「多分かよ」
「はい、…すいません」
「まぁいい」
リヴァイにはその言葉だけで十分だった。ルピに会った時から彼女の雰囲気がかなり柔らかくなっていることは分かっていたし、彼女の周りにいる奴らの顔も"悪く"はなかったから。
リヴァイが一つ息をつく。それを確認して安堵したのかは定かではないが、ルピには呆れたようなもののように聞こえていた。
「――今度、大規模な領土奪還作戦が行われることになった」
そうして突然リヴァイの口から発せられたそれ。ルピは一瞬何を言われているのかわからなかったが、それを察していたリヴァイは分かりやすくその作戦について教えてくれた。
今迄の壁外調査とは別物で、人口の約二割を投入してマリア奪還を目指す作戦らしい。人口の約二割という数字が分からないと言えば、今ここにいる訓練兵のおよそ二十数名がそれに駆り出されると考えろと言われた。…が、まだよくわからない。けれどルピはそれ以上詮索しないことにした。
「言ってしまえばそれは、捨て駒だ」
「……リヴァイさんも、行くんですか?」
「あぁ」
「…そう、ですか」
「これは機密事項だ。まぁ…いずれ噂は広まるだろう」
訓練兵にはそれは知らされないみたいだった。訓練に関係ない事だからか、支障が出るからかは定かではない。今まで何度も壁外調査には行っていたみたいだが、それがいちいちルピに知らされることなどもなかったのに、
「…どうして、教えてくれたんですか?」
大規模だから、リヴァイはわざわざそれを自分に言いに来たのだろうか。自分にそれを伝える事が彼の命だったのだろうかと、今はその疑問の方が大きくなっていて。
「さぁな。お前のその詰まり切らない脳みそで考えてみろ」
じゃあな。そう言ってリヴァイは一つルピの頭に手を乗せ、その部屋を出ていってしまった。
「……、」
たった数分の再会は、そうしてあっけなく終わっていた。
…久しぶりに頭に乗せられた彼の手の温もり。今もまだそこに残っている気がして、ルピは髪に少し触れた。