――あれから、数十分後
「――リヴァイ、無事だったか」
「当然だ」
任を終え兵団と合流したリヴァイとハンジは、即座に団長―エルヴィンの元へ向かっていた。
それに気付いたエルヴィンは労いの言葉を彼らにかけたが、
「…、ハンジ、それは――?!」
エルヴィンのその反応は、リヴァイが想像していた通りのものだった。
Beherrscher
緑のマントを纏い、その背中に自由の翼を背負った集団―調査兵団。その日、彼らは第11回目の壁外調査を行っていた。
誰もがこの日に何か特別な変化が起こる事を求めていたわけではない。いつも通り、そう着実に一歩一歩前進し、そしてなるべくの被害を出さぬよう、安全に壁の中に帰る事だけを望んでいた。
「エルヴィン、話は後だ」
エルヴィンだってそのうちの一人であって、この日に何か特別なものを期待していたわけではない。
…けれどもそれは、その日は突然にやってくるんだと思い知らされていた。ハンジが背負っているものが捕らえた巨人であったならばまだ笑い話で済んだのかもしれない。
「…そうだな」
――まさかこんな日がくるなんて
エルヴィンは夢にも思っていなかった
「――総員撤退!トロスト区へ帰還せよ!」
エルヴィンの合図と共に、兵は馬に乗りその方へ走っていった。ハンジは背負っていたそれを荷馬車に乗せ、部下であるモブリットに見ているよう指示を出す。
「……さて。説明してもらおうか、リヴァイ」
暫く馬を走らせて後。エルヴィンは後ろのそれをチラリと見やりながら、その口を開いた。
リヴァイのマントにすっぽりくるまれているそれはその一連の流れの中でも、そうして動き出して激しく揺れる荷台の上でも、ピクリとも動かなかった。恐らく眠って…いや、気絶しているのかもしれない。
「どこで見つけた」
「東にある森に一番近い集落だ。巨人に襲われそうになっていたところを俺が助けた」
「……何故あの子は"生きていた"」
「さぁな。詳しくは俺もまだ聞いてはいない。……いや、聞けなかったと言った方が正しいか」
「……どういう意味だ――?」
リヴァイがそれを見つけたのは、あの巨人を視界に入れた後だった。
リヴァイには最初それが何だかわからなかった。…いや、わからなかったのではない。正直動揺していた。それが生きた人間であった事が信じられなかったのだ。この場所―ウォール・マリアが巨人の巣窟と化して既に三ヶ月が経過していて、生存者なんているワケがないのだから。
けれどもその時はとにかく目の前の巨人を殺してそれを助ける事だけを考えた。死んでしまっては、自分がそれを見つけた意味が無くなってしまう。
そうして救出した少女に「どうしてここにいるのか」と尋ねた。もし"全て"を把握していたのだとしたらきっと何かしらの弁解があってもいい筈だが、彼女の反応はリヴァイの想像するところにはなかった。…この人は何を言っているのだろう。目の前の少女は、そう言いたげな顔を自分に向けていたのである。
「――ソイツは、巨人の存在すら知らねぇって顔してたな」
蒸気を上げるそれをただただ不思議そうに眺めていた。いや、どうだろう。どちらかというと悲しそうな顔をしていたのかもしれない。…"遊んでくれる"と思っていた奴が目の前で死んだのだから。
「…………とにかく、普通じゃねぇ事だけは確かだ」
「…生存者だからといって、下手に喜べないというわけか…」
エルヴィンが言った言葉の意味の全てが分かったかと言われれば嘘になるが、リヴァイには何となく察しがついていた。実際自分もそれを疑っていた余地はある。
――あの場所で三ヶ月も生きていた事が、どういう事に繋がるのかということを
「……このことはあの場にいたものだけの機密事項にする」
「あぁ、」
「彼女は地下に幽閉する。…異論はないな?」
「あぁ、わかっている」
そうして見えてきた人類の壁。リヴァイはそれを確認して、そしてチラリと後ろのそれに目を向けた。
「……だがな、エルヴィン」
「?」
「俺は既に確信していることがある」
壁の前、エルヴィンは先頭に立ち馬から降りて皆に整列を促す。同じくして馬の手綱を引き横に立ったリヴァイのその言葉が放たれると同時。
「コイツは人類の"敵"じゃねぇ」
――こいつは人類の、"希望"になる
カンカンカンカン――!!
「…!」
"英雄の凱旋"を知らせる音が、その場に響き渡っていた。