「――おそくまで付き合わせて悪かったね」
「いえ、とても楽しかったです」
あの後ルピはハンジの研究室に行って巨人の生態について少し教えてもらったり、ナナバ達に少し漢字を教えてもらったり、そして夜には皆とご飯を食べたりした。二ヶ月そこにいた間でもこうしてのんびりとした日を過ごした事は無く、この半日はルピにとってとても充実した休日となっていた。
「訓練兵に休暇は滅多に無い。恐らく今日が最後だろう」
次に会う時は調査兵団としてだろうな。エルヴィンは笑ってそう言った。
「ルピ〜早く戻ってきてね!!」
「早くってあと二年という月日は変わってくれませんよ?」
ハンジはまたルピをきつく抱きしめる。体全体で愛情表現をしてくれるのは嬉しいが、…やはり些か痛い。
「エルヴィン、俺はコイツを送ってくる」
「あぁ、そうだな」
「え?…い、いいですよ」
「この辺りは夜になると治安が多少悪くなる。今なんて尚更だ。…まぁ、襲われてぇなら別だが、」
「ルピ〜遠慮すること無いよ!リヴァイが送りたいって言ってるんだからね!」
「……オイ、待てハンジ、」
またもやリヴァイがハンジを苛めにかかっているのをこれまたモブリットが必死で止めに入っている。それを眺めながらエルヴィンが「女の子なんだから送ってもらいなさい」と釘をさしてくる。…エルヴィンは彼らがそうするのを止める気がないのだとルピはここでようやく気付いた。
「ッチ、行くぞ、ルピ」
「はいっ」
そうしてルピはリヴァイに送ってもらうこととなった。後ろでハンジが送りオオカミになるなよと言っていたが、その意味をリヴァイに聞いても彼は気にするなと言うだけで教えてはくれなかった。
「……、あの、リヴァイさん」
「なんだ」
「……領土奪還作戦は、どうなったんですか…?」
当初から気にしていたそれ。エルヴィンか誰かがそれに触れるだろうと思っていたが結局誰もその言葉をルピがいる間口にしなかった。もう終わった事だからかもしれないし、口にしたくなかったのかもしれない。
「どうもこうもねぇ。ただ人が巨人に喰われて終わった」
二十五万人を投入して生き残ったのはたった数百人程で、言わずもがなその殆どは調査兵団の人間だった。リヴァイ達の予想通りそれは失敗に終わったが、王政府の口減らしは成功したということである。
理不尽なそれに市民の間で暴動が起こらなかったかといえばそうでもないらしいが、それでもそれが表面化していないのはそれによって自分達が"生かされている"と誰もが罪の意識を持っているからだろう。…誰もがそれに目を瞑った。政府の言いなりになっていれば、自分は生きていられるのだと。
「…今までで一番胸糞悪い任務だった」
巨人を前にし足が竦み、そうして何の抵抗も出来ぬまま巨人の思うまま気の向くままに殺されていく人々。その悲鳴がまるでBGMように途切れることなく響く戦場は、まさに地獄絵図と言っても過言では無かった。
「一つ覚えておけ、ルピ」
「?」
「壁の外でも中でも、鍛えられた者―強い者ほど生きられる」
「?…どういう意味ですか?」
「……、いずれわかる」
そう言ってリヴァイはくしゃりとルピの頭を撫ぜる。交わったリヴァイの視線の奥に、忌諱を含む哀惜がある気がした。
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「…あの、ありがとうございました」
「あぁ」
そうしてルピはリヴァイにご丁寧に訓練所の入り口まで送ってもらった。
「気を付けて帰ってくださいね」
「俺の心配なんざ不要だ」
俺を襲えるのは無能な巨人くらいだ。そう言うリヴァイに「そうですね」と返そうとしたが、
「っ、!」
「?…ルピ、どうし――」
「――っあ!!ルピ!!」
「「!」」
知った匂いが近づいてくるのに気付き振り返れば、いつもの四人の姿。そうして彼らも自分達…というより自分に気付き駆け寄ってきて、
「も〜〜どこいってたの?!遅いから心配してたんだよ!?」
「す、すいません」
そうして自分を取り囲んだ彼らはそこにいるのが自分だけで無い事に気付いたらしく、そしてその人物がとんでもないお方であることに驚き、
「「「…リ、リヴァイ兵士長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」」」
素っ頓狂な声を上げるのだった。