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「――あ、おかえりなさい」

「うん、ただいま」


ペトラが部屋に戻ればルピはちょこんとテーブル前の椅子に座っていた。
いつもそう、ルピは必ずその場所でペトラの帰りを待っている。どんなに遅くてもルピが先に布団に入って寝ているということは無い。だからといってルピは特に何も聞かないし話さない。興味が無いとかそういう事ではないということは、ペトラも最近になってわかった事だった。

現に今も何もルピは聞いてこなかった。リヴァイに一人先に帰されたにも関わらず。気にしていないのだろうと思う。それにどういう意図があるのだとか、そういった邪念がルピには無いのだろう。…それがリヴァイの、命だから。


「…ね、ルピ。昼間はリヴァイ兵士長のところに行ってたの?」

「はい。…気になる事が、あったので」

「……領土奪還作戦のこと?」

「そうです」

「…………その話、私にも聞かせてくれないかな?」


その話題はいきなりだったが、ルピはリヴァイから聞いていた事知っている事を出来る限り話した。

ペトラはそれを聞いて俯いてしまった。何か悪い事でも言っただろうかと思っていると、ふいにペトラが話始める。


「私の従兄弟がね、マリア出身だったの」


ペトラはローゼ暮らしで一人っ子。年は離れているがそれでもその従兄弟がペトラにとっては唯一の兄妹のような存在で、マリア崩壊後その従兄弟は何とかローゼに避難し、そうして暫くペトラの家族と一緒に暮らしていたそうだ。

マリアから避難した人たちは当然その家も職も失い窮する状態にあり、その従兄弟もペトラの家にお世話になるからにはと職を一生懸命探していた。
それでも約二十五万人がそう簡単に職を見つけられる筈もなく、その従兄弟も結局職を見つけられず途方に暮れていて、そして、


「今回の奪還作戦に、参加したんだって」


否、参加したのではない。強制的に参加させられたのだった。


「今日、両親からそれを知らされたの。ビックリした。だって、お父さんもお母さんもね、何も…何の不服も言わないの」

「……」

「私達は、彼のお蔭で生きる事が出来るんだ。…って言うの」


ペトラはそれに返す言葉が生まれなかった。その意味が分からないでもなくて、分かりすぎてしまって。そして、そんな自分が許せなかった。それで納得してしまう、自分が。
…そう話すペトラの目の奥は、とても悲しかった。


「憲兵団。…正直、迷ってる」


ペトラはずっと憲兵団を希望していた。そう、一番初めにルピと話した時から。
犠牲を覚悟して壁外の巨人に挑むなんてただの無謀に過ぎないと、内地で安全にそれこそ本当に人のために尽力するのが一番いいに決まっていると、それはその従兄弟の受け売りであり、ペトラもそう思い続けてきた。あの時ペトラがルピが調査兵団に決めていると言って驚いていた理由はここにある。

でも、ペトラは知ってしまった。今回の件が憲兵団にあること。訓練もしていない従兄弟を壁の外に放り投げた、その集団の陰険さを。


「……ルピは、今でも変わらない?」

「?」

「調査兵団に入る事。…怖くなったりしないの?」


いくらその能力が人類の希望だからといって、素質も備わっているからといって、ルピが調査兵団に入団しなければいけないという拘束はペトラが知る限りでは無い筈で。だからそう、彼女がそうまでしてそこに入る気持ちが何処にあるのかペトラは知りたかった。


「巨人は、怖いと思います」


ルピが考える怖いと他の人が考える怖いには少々ズレがあるだろうが、"あんな顔"して平気で人を殺し喰べてしまうそれを怖いと思わない人はいないだろう。それでも、いくらそういった話を聞かされても、灰となって空へ舞っていった人を追悼しても、ルピが調査兵団入団を否もうとした事は一度もない。
…というより、その考えはルピの中に最初から潜在などしていない。自身でハッキリとその惨劇を目撃した事がないというのもあるのではないかと思うが、調査兵団に入ってその命を賭すという事に何も感じていないという方が大きいのかもしれない。


「…死ぬかもしれないんだよ?」

「死ぬのは、怖くありません」


そう、ルピは死ぬ事に対して何の感情も抱いた事が無かった。…それよりもルピにとってもっと、もっともっと鬼胎なるものがあったから。


「私が怖いのは、"存在"を忘れられることです」

「…、」

「だから、死ぬのは怖くないです」


そう言えば、ペトラはあの時とは違って真剣な顔をしてルピを見ていた。


「…………ね、ルピ、眠い?」


話が急に角度を変えた事にルピは驚いたが、それでも「眠くはない」と返せばペトラは既にいつも通りの笑みを浮かべていて、


「話して欲しいな、調査兵団の人達のこと」

「え?」

「ううん。…ルピがそこで何を感じてきたのか、知りたい」


その時のペトラの目の奥は、キラキラと輝いていた気がした。



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