『――本日諸君らは訓練兵を卒業する』
天気は良好。気温も最適。殺風景なその茶色の風景に空の青が良く映えるその日は、…まるであの日を見ているようで、
『その中で最も訓練成績が良かった上位十名を発表する』
長いようでそれはあっという間だった。というのは、きっとその頃がとても充実していて懐かしく思うからこその言葉だろう。
『呼ばれた者は前へ』
二ヶ月と三年。訓練という名の日々。過酷や惨憺という言葉は当てはまらなくて、かといってそれを表わす相応しい言葉をきっと自分は見つけられないと思う。
『首席、ルピ・ヘルガー――』
訓練初日と同じ、訓練兵の前列一番左にルピは立っていた。
あの頃は不安と期待で一杯だったのに、その時は会心と寂寞で一杯だったように思う。
皆と仲間になれた事、リヴァイの訓練のノルマを最後まで達成した事への満足感。一緒に訓練した仲間達とも今日でお別れで、訓練兵と共にリヴァイの訓練生も卒業かと思うとどこか湧く寂寥感。
それでもその感覚も、一瞬だったのかもしれない。訓練兵を卒業しても離れても、ずっと仲間は仲間であり続ける。リヴァイの訓練生を卒業しても、今度は調査兵団として彼の部下となるのだから。
「――……、」
静寂の中を少し早足で歩く己の足音だけが小さく響く。控えめに吹く風が時折己の髪をサラサラと揺らすのを心地よく感じながら、
ルピはふと、ファルクとルティルの事を思い出していた。
彼らがいなくなって最初は寥々たる気持ちでいっぱいだったのに、今ではそんなこともない。彼らがまさか想起上のモノになるなんて、あの頃の自分は考えたこともなかっただろう。
「……、」
この三年で変わったな、と自分でも思える。不思議だった。何が、とかじゃない。自分の中の全てが、自分の人生そのものが変わったから。
――おい、ガキ
あの時が無かったら今の自分はいない。あの日あの時あの場所で、そしてあの選択をし得なければ、自分は今も闇の中で彷徨っていたのかもしれない、なんて。
――俺たちには、お前が必要だ
…けど、それは自分が見つけたものではない。全て与えられたものだ。あの日あの時あの場所で自分を見つけてくれたのは、そしてあの選択を自分に差し出してくれたのは、
「――…遅ぇ。ルピ」
「っ、すいません」
角を曲がる手前からその人の香気を感じて懐古と雀躍で一杯になっていた心は、その姿を目に入れた途端パッと弾けていた。
「どこで道草なんぞ覚えやがった」
俺は教えたつもりはねぇぞ、なんて。腕を組んで兵舎の前に立っている彼は一体いつからここで待っていたのだろうかと、そう思ってもその疑問が口から出ることは無かった。
「すいません、リヴァイさん」
―――ファルク、ルティル、元気ですか。
あれから、貴方達と離れてから随分長い月日が経ちました。
でも何故だろう、いつか必ずまた逢える、そんな気がしてやみません。
…私達は家族だから。離れてもずっとその絆は繋がっていて。いつまでも、そう、変わらない存在であり続けると信じているから。
そして、初めてトモダチ…ううん、仲間が出来ました。
いつもそばに居てくれて、いつも優しくしてくれる。貴方達と同じような存在に出会えました。
だから、貴方達がいなくても平気です。あの頃と同じくらい、私は今とても幸せです。
「…ただいま、戻りました」
私には、ここに、こうして、
「あぁ、」
――おかえり、ルピ
帰る場所が、存在しているから。