01




848年――




「私は調査兵団団長、エルヴィン・スミス。調査兵団の活動方針を王に託された立場にある――」


あれから二日後。新兵勧誘式が行われ、第102期訓練兵達はその所属兵科をついに決めることとなった。

ルピは皆と同じ場所に立ち、壇上正面に倣いエルヴィンの演説を聞いている。隣にはペトラ、オルオ、ニッグ、タクが並んでいた。


「調査兵団は常に人材を求めている――」


エルヴィンの話は勧誘と主にマリア奪還に向けてのものだった。危険と常に隣り合わせな調査兵団は他の兵団に比べ極端に団員が少ない為、エルヴィンの演説によってその増減が決まる事もある。しかしエルヴィンは「人類は新しい一歩を踏み出す時が来た」と示唆するだけで、"人類の希望"が現れた事について言及する事は無かった。
何を思ってエルヴィンがそれを隠し続けようとしているのかは兵団内―おそらくリヴァイもハンジも理解していない。けれどもそれが団長である彼の命ならば、それに従うまで。ルピに至っては"隠されている"という意識も無い為、さほど気にはしていなかったが。


「…………」


皆の前に立つエルヴィンのその様はルピの目に気高く映っていた。こうした彼の姿を見るのは初めてで、あぁ彼は本当に調査兵団の団長なのだと、ただの優しい男の人ではないんだと思い知らされた。ルピのエルヴィンに対する認識が大きく変わったのもこの時が初めだった。


「…では、ここにいる者を新たな調査兵団として迎え入れる。これが本物の敬礼だ」


そうしてルピは、正式に調査兵団として入団した。


「心臓を捧げよ――!!」




 ===




「――今年の新兵は少なかったらしいな」

「まぁ、昨年に比べたらね」


ルピはその後、他の新兵と一緒に兵舎にいた。この後調査兵団内での新兵と団員の顔合わせが行われ、ルピがリヴァイ達に合流するのはその後の予定となっていた。


「でも、今年は"期待の新人"がいるからいいんじゃない?」

「…まぁな」


リヴァイ達は今食堂で休憩がてら待機している。そこにはいつものメンバーが言わずと揃っていた。


「そういやリヴァイ、ルピにご褒美は上げた?」

「何の褒美だ」

「何って…訓練兵を首席で卒業したんでしょ?リヴァイの言いつけ通り」

「へぇ!やるじゃないですか!」

「……それに褒美をやる必要がどこにある?」


「あれは訓練のノルマだから必要ない」だなんて、まったくこの男は女心ってもんが分かってないとハンジは思う。そういうツンケンしたところがこの男の良いところなのかもしれないが…ハンジにはまったく理解出来ない。

あれから三年たってルピもすっかり成長して…いや、その背丈はやはりあまり変わっていないが、それでも昔に比べたら随分逞しくそして"人"らしくなったと誰もが思っている。ともすれば自ずと自我が芽生え、彼女にだって自分の意思が出てきてもおかしくはない。


「アメは必要だよーリヴァイ。そのうちルピにも反抗期が出てきたりしてね」

「……」

「犬の躾でもそうだろう?従順な犬に育てるにはアメとムチが大切だって!」

「…(ハンジ分隊長、ルピをもはや犬としか思ってないな)…」

「アイツは既に従順だが……まぁ、褒美、か…」


そんなこと頭の片隅にも置いていなかったリヴァイはその口を閉ざし、暫し考えようとした。
…が、何も思いつかない。正直言っておんな子供に贈り物などやったことなど無く、はたまたそういうものに興味が無いから余計に分からない。それに女が喜ぶ物なんて、


「……ゲルガー、お前なら何が欲しい」


リヴァイは考えていたその先の思考をプツリと切り、目の前に座っているゲルガーに問う。


「俺はとびきり美味い酒がいいですね」

「…トーマは?」

「俺は金かなぁ」

「私は、私はそりゃもうこの上なく滾る――」

「…お前らに聞いた俺が馬鹿だった」


聞いてもいないハンジの答えを耳に入れるまでもなく、リヴァイは盛大な溜息を吐いた。
測る尺度を間違えた。コイツらとルピの基準を一緒にしてはいけない。それは何に関しても言えることだ。彼女はかなり考え方が他人とは異なる。…彼女はそう言った意味での"変人"だ。


「……、」


人に与える物でこんなに悩むなど、リヴァイは初めてな気がした。



back