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「いいかルピ、今度の壁外調査は試運転だからな」

「試運転…ですか?」

「そうだ。お前にとってそれは"お試し調査"という事だ」


…なんて軽快な響きであろう。口にしてからリヴァイは思った。

今回の作戦にルピを連れていくと決まったのはほんの数週間前。少し早いのではないかというミケに対してエルヴィンはいずれ連れて行く事になるからと、それが今回になっただけだと言い、リヴァイもそれに難色を示すことはなかった。


「お前の耳がどれくらい使えるのか、俺達も知る必要があるからな」


ルピの耳がいくら優れていると言っても実践でどれくらい役に立つのかはやはりその場に行かねば分からないわけであって、初陣で全てが上手くいくとも限らない。
だから今回は試運転なのだ。戦地での行動にも慣れは必要であり、"洗礼"を受けるなら早い方がいい。それにエルヴィンは今回ルピを連れていくだけに留めるつもりでいるし、皆もそれに納得していた。


「絶対とは言わんが、今回お前は戦闘に立たなくていい」

「…いいんですか?」

「極力だ。…それと覚えとけ、訓練と実践は違う。…自分が思っている以上にな」


訓練では"巨人"と面と向かって対峙していないのだから当然と言えば当然だが、それでも誰もがある程度の想定を持ってそれに挑み、誰もがそれに屈しないと覚悟して向かう。
しかし、戦地では事は思い通りに運ばれない。訓練通りにはいかないのが常なのだ。戦闘面でも、気持ちの面でも。…こんな筈では無かったと、想定外の事に人はその心を折られていく。いつかモブリットが話していた事をルピは思い出していた。


「今回も今迄と同じ陣形で行われる。まずはそれを頭に叩き込むことから始めろ」

「はい」


長距離索敵陣形。前方半円状に長距離だが確実に前後左右が見える距離で等間隔に兵を展開し、可能な限り索敵・伝達範囲を広げる。遭遇した巨人をいかに倒すかを重視してきた今までの作戦とは違い、いかに巨人との遭遇を減らすかに重さを置いている陣形だ。
これはかなり逆の発想で、被害を抑え遠方まで調査を可能としている優れたもの。それがエルヴィンの考案した作戦だった。


「この作戦で被害はかなり減った。…が、それでもデメリットは少なからずある」


一つは、巨大な陣形を作る為には人数が必要になること。陣形が大きければ大きいほど被害は少なくなるが、比例してそれには人数がかなり必要になる。
被害が激減してきた近年でもその件数は少ないとは言えず、それにたとえ身体は無傷でも心に傷を負った者もその数に含まれることが多いのも事実。毎回毎回大規模な遠征が出来るかといえば、そうとは言い切れない。

そしてもう一つは、奇行種など何かしらの緊急事態が発生した際に陣形が崩れ全滅を招き兼ねないこと。伝達は主に煙弾で行っているが、それでも細かい事は口頭でなければ伝えられない。緊急事態なら尚更で、長距離陣形はそれが伝わるのに時間がかかるのが問題とされている。
また、それは天候にも左右される。煙弾が雨天や濃霧の中では無意味なのは言わずもがなである。

そして最後に、それが街中では機能しないということ。死角も多くその道も同じ方向には必ずしも続いていないし何しろ広さが無く、その陣形の展開は不可能としか言いようがない。特に危険地帯なその場所でそれが使えないというのが一番のデメリットであった。


「…しかしだ。これにお前の能力が加わればどのデメリットもカバー出来るのではないかとエルヴィンは考えている」

「……」

「お前の力量によって、今後の作戦が大きく変わる事になるだろうな」


だからまずルピは戦地に慣れる事が必須なのだ。誰しもが経験を積んで強くなる。その中で自分の果たすべき事、力がどれだけ発揮できて役に立つのかをルピは測らなければならない。

――たとえそれが、どんな状況化であっても


「…話は終わりだ。俺はこれからエルヴィンに用がある。作戦の詳しい内容はゲルガー達に聞いておけ」


俺はそういうのは専門外だ。そう言ってリヴァイはルピに背を向けたが、ふと立ち止まって、


「……お前、欲しいモノはあるか?」


突然、そう問うてきた。


「?欲しいもの…ですか?」


いきなりのそれに答えが用意してあるわけでもないが、それでもルピがその問いに「ありません」と返すのにそう時間はかからなかった。


「欲しかったものはもう、頂いてます」


この場所と、仲間です。そう言ったルピの顔はいたって真剣で、それが冗談ではないことなどリヴァイには分かっていた。


「……」


…ほら、やはりコイツは違う。人並みにも一筋縄にもいかない。
利口で従順なのに、どこか掴めない。


「…まぁ、欲しいものが出来たら言え」


出来れば金で買える物にしろよ。そう言ってリヴァイは去っていった。



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