――身体が、重い
ぼんやりと霞む視界の先を捉えようとしてしかし目の前が薄暗い事に何の違和感はなかったが、いつも見ている景色とは違う気がしてルピは瞳をこじ開けた。
辺りを見回しても映るのは煉瓦だけで、自分がいるのは白い布の上。…ここは、どこだろう。
「…、」
そう言えば自分は外にいた筈だった。あぁそうだ、外に出て巨人というものを初めて目にした。お兄さんが現れてそれを倒した。その後でお姉さんが来て、逆にお兄さんが飛んでいってしまって。
…その後から記憶が無い。どうして"内"にいるのだろう。思いだそうとしても、何も浮かんでこない。
「――やぁ、気がついたかい」
「!」
そうしてようやく不信感に苛まれ身体を起こすと、目の前に金色の髪をした優しい顔の男の人が座っていた。しかし彼は言葉通りに自分の目の前にいるわけではなかった。自分が煉瓦に囲まれた、四角いハコの中に入っているから。
その金髪の男の人の後方で、壁にもたれてこちらを見ている人がいる。…あの、お兄さんだった。
手がやたら重いと思ったら、黒い塊に繋がれている。動かせばジャラリとそれが重い音をたてた。
「…………」
「そうだね、何から話そうか」
何も聞いていないのに、金髪の男の人は自分がここにいる経緯を話してくれた。
あの後気を失ってしまった自分は、お姉さんに運ばれそしてお兄さん達と共に壁の中―ウォール・ローゼに"戻り"、今は彼らの持つ敷地内の地下牢に置かれているらしい。そして、あれから丸一日は経っているらしかった。
「名を、教えてくれるかな」
「……ルピ・ヘルガーです」
「ルピ、君はあの区域の出身か?」
「…しゅっしん?」
「…あぁ、難しい言葉を使ってしまったね、すまない」
「…………」
金髪の男の人が話すだけでお兄さんは何も言わない。ただただ、自分を見ているだけ。
「ルピはずっとあの辺りに住んでいたんだろう?」
「…はい」
「今の今まで?」
「そう、です」
「三ヶ月ほど前、壁が壊された事は知っているね?」
「……知りませんでした」
「……、避難警告…ここにいては危ないから逃げなさいと言われた記憶は?」
「…ない、です」
「――三ヶ月、」
「?」
「その三ヶ月、お前はどうやって"生きてきた"」
「リヴァイ、待て」
一瞬、その場に静寂が訪れた。ようやくお兄さんが口を開いたかと思ったらその質問に対して答えたのは金髪の男の人で、答えたと言うよりはそれを止めたと言った方が正しい。ルピはそれに答える機会を失ったが、それでもお兄さんがそれ以上何か口にすることはなく、
「……ルピは、この人類の事をどこまで知っている?」
そしてまた、金髪の男の人の質問が降ってきた。
「…、ええと、」
人類が壁の中でしか生きられない事は知っていた。"巨人"から逃れるために巨大な壁を築き、そして自分は一番外側の壁の中にいたことも。
…でも、それだけだった。その巨人があんな姿だってこともさっき知ったぐらい、自分は何もこの人類について何も知らない。
それに、知る必要がないとも思っていた。自分はこの壁の中の、…それまた小さな"壁"の中でしか生きられなかったから。
「一番外側の壁―ウォール・マリアが三ヶ月前巨人の手によって破壊された。我々人類の領域はその内側のウォール・ローゼまで後退している」
「マリア内は巨人の巣窟と化した。俺達は、マリアを放棄する道を選んだ」
難しい言葉が並んでよくわからなかったが、とにかく今、ウォール・マリアには誰も住んでいないということだろう。
「…あの時、教えたよな」
――巨人は、人を捕食する
「…言いたい事はわかるね?」
あの場所で人は生きられない。否、生きていられない。…生きている自分は、
「…俺達には人類を守るという義務がある。少しでも"疑い"がある者はこうして隔離しなきゃならねぇ」
「…かくり?」
「そうして檻の中に閉じ込めておくってことだ」
悪く思わないでくれ。金髪の男の人は申し訳なさそうにそう言った。
「……」
"疑い"とは、何なのだろう。自分があの中で生きていた事自体か。…それとも、自分自身の"存在"か。
「……、」
そう思ったら、ルピは何も言えなくなった。