05




――一週間後


今や人類の最南端の街となったトロスト区。第38回壁外調査を向かえた調査兵団は、エルヴィンを先頭にそこへ向かって行進していた。
絶好の初遠征日和。太陽が見せ付ける輝きは少し眩しくらいだ。


「ルピ、今回の件についてはリヴァイから聞いているな?」

「はい」


ルピは何故か自身のお馬様の上でなくエルヴィンの前に乗せられている。初遠征で自分のお馬様に乗るのはお預けらしく、そしてそのお馬様は隣にいるハンジに連れられていた。理由は知らない。まだ、聞かされていない。

壁門に近づくにつれ早朝からつらつらと行進していく調査兵団達を囲む人々の数は次第に増えていき、そうしてエルヴィンの前に座っているルピは恰好の注目の的となっている。その多くは訝る目。あの子は何ぞや、まさか団長の隠し子か、とあらぬ声も聞こえ始めていた。
自分の子供を壁外に連れ出す親がどこにいようピクニックでもあるまいし。とリヴァイは内心毒づいていたが、…向けたエルヴィンの顔が満更でもなさげなのは気のせいか。

対照的に全体―調査兵団に向けられるそれは両極端だった。大人達からは非難が圧倒的で、子供達が向けるは敬意や憧れの視線。調査兵団は人類の英知の結晶の筈なのに、大人達が向けるその意味をルピはまだこの時図る事は出来なかった。


「団長!間もなくです!!」

「開門三十秒前――!!」


壁上にいる団員の声がその場に響いて刹那、その場の空気がピリリと緊張感を増す。


「ルピ、フードを深く被りなさい」

「…?」

「これは実践での実験だ。巨人の"音"を察知したらおおよその距離と方向を私に知らせてくれればそれでいい」


ルピに視覚は必要ない。必要なのはその聴力。それを計る為には煙弾を視界に入れては意味が無い。しかし視界を奪われては馬には乗れない。ルピがエルヴィンの前にいるのはそういうことのようだ。


「わかりました」

「試運転だから力む必要はない、今回は慣れる為のものだからな。その他の行動については私の命に従う事。いいね?」

「はい」

「それとルピ、これだけは言っておくが、…全てを長い目で捉えておけ。その耳や鼻だけじゃない、戦闘面においても役立て無かったからといって落ち込む必要はない」

「、はい」

「全て上手く行くなんて考えるな。人間上手くいかない時の方が多いのだから」


キミの力はその場凌ぎのものじゃないのだからな。そう言ってエルヴィンはルピの頭に一つ手を置いた。
エルヴィンに撫でられたのは、その時が初めてだった。


「開門始め!!」

「これより第38回壁外調査を行う、前進せよ――!!」


エルヴィンの号令によって一斉にそれに向かう馬の駆ける音が、辺りに轟音のように響き渡る。
そしてルピは、初めて。壁外―巨人の巣窟へと自ら足を踏み入れたのだった。







Beherrscher






「長距離策敵陣形展開――!!」


暫く進んで後。エルヴィンの命によって四方へ散らばる兵を背に感じながら、ルピはただただその耳に全神経を集中させていた。


ズシン、ズシン_


そうして聞こえてくるその音を取りこぼしなく次々にエルヴィンに報告する。馬が駆ける音が邪魔をするかと思ったが、慣れればさほどそれは気にはならなかった。

煙弾があがる方向はそれとピタリと一致していて、加えてルピはおおよその数とそれの進行方向までエルヴィンに伝えていた。馬の駆ける音が多い中それを聞き分けられるのにエルヴィンはただただ驚かされるばかりで、同時に沸く冀望を留めるのに必死だった。


ズシンズシン_


「っ、エルヴィンさん、」

「どうした?」

「前方からこちらに向かってくる音が二つあります。…他とは違って動きが早いです」

「二つか…厄介だな。リヴァイ、行けるか?」

「あぁ。ゲルガー、援護を頼む」

「了解!」


索敵よりいち早く。もちろんエルヴィンからそれは見えない。その力の底は一体どこにあり得るのだろうかと、エルヴィンは目の前の自分よりかなり小さなその緑の塊を見下ろす。

すぐ横をリヴァイが通るのを感じてルピは少し顔を上げた。最高速力で二つの翼が前方を駆けていくのをフードの下からチラリと覗き見た、


「――っ、」


その時。ズキリと頭の奥が痛んでルピはその顔を歪めた。体調は万全で出てきたつもりだが、初陣という緊張感から生まれたものかも定かでない。

すぐに治まるだろうと思ったがしかし、それ以降その痛みが消える事は無かった。
けれども自分の任に支障をきたす程でも無くてルピは気に留めようとしなかったし、エルヴィンにもリヴァイにもそれを告げなかった。

…初陣で疲れただけなのだと、そう言い聞かせていた。



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