「――っルピ!」
姿を捉えていたそれらが振り返って普通なら手を振ったりするのかもしれないが、ルピは一つペコリとお辞儀をした。こうして全員揃って顔を合わせるのはそうだな、歓迎式以来だろうか。
「お久しぶりです、皆さん」
「心配したよ、遠征後ルピの姿見かけなかったから」
「怪我とかしてない?」と言うペトラにルピは「はい」とすぐ答えていた。
怪我はしてない。少し頭痛があっただけ。その頭痛が治まったのは遠征から帰ってきてからだったように思うが、次の日は正常だったのでやはりただの疲れだとそれは確信に変わっていた。
「同じ兵団内にいるのに会えねぇもんだな」
新兵は一ヶ月を切った次回の壁外遠征に向けての訓練(また訓練かとオルオは愚痴っていたが)を行っており兵舎にいるよりは訓練所にいる時間の方が長く、ルピは歓迎式を終えた後から何処へ行くにもリヴァイと一緒で加えて昔のように分隊長達といるようになった為、彼らといる時間は極端に短くなっていた。
それでもそれが苦だとかそんな事は微塵もない。会おうと思えばいつでも会える距離にいて、今もこうして会う事が出来ているから。
「お前初遠征で漏らしたりしてねぇだろうな〜?」
「?…漏らす?」
彼らとの時間は、リヴァイ達と過ごす時とは少し違う感覚にある。そう、これが所謂トモダチというものなのだと、最近ルピにも分かってきた気がする。
「巨人と戦ったんだろ?…どうだった?」
「それが…私、戦ってないんです」
「え?そうなの?」
ルピはあれからずっとエルヴィンの前にいて、共に荷馬車の先導についていた。その音を察知してはそれに近づくのを避け続けていたし、兵の悲鳴が聞こえる事があってもエルヴィンからの命を守り続けていた為、巨人の姿を遠くに捉える事はあっても目の前で対峙する事は最後まで無かった。
…イコール、ルピはまだ、知らない。
「じゃあお前はまだ討伐数ゼロってことだな?」
「?」
「オルオは討伐数でリヴァイ兵士長に認めてもらうってはりきってんのよ」
「なんとしてもそこだけはコイツに勝つ…!」
媚を売るのは諦めてどうやら次はライバル視するようだ。今度の調査でどっちが多く削げるか勝負だからな、なんて。この時のオルオもそう、いや、皆そうだ。
…まだ、知らなかった。
――壁外調査の、本当の恐ろしさを
===
「――一ヶ月後の壁外遠征はこの作戦で行こうと思う」
ルピの初陣遠征から三日と経たないうちにリヴァイはエルヴィンの部屋に呼ばれていた。それは壁外調査の後始末が終わってようやく休めると思った、矢先の事だった。
「通常陣形に近いな。…ルピを使うのか?」
「彼女の耳は想像以上だった。それでどこまで通用するのか試す価値は十分ある」
彼女の力に最後まで信憑性を表向きにしてこなかった男がこうも早くに次の作戦を立てるなんて、余程その能力に魅かれたのだろうとリヴァイは思った。
それでもまだ試行錯誤の段階ではある。ルピの能力は確かに秀抜だが、少なからず…いや必ずデメリットがある筈で。それは自分達の考えるところよりも意想外なところに存在し、やはり実行しなければそれを見つける事は出来ない。
「遠征の人数は変えない。索敵陣形を使う事も想定はしている」
万が一、そう、"何が"起こるか分からないから。エルヴィンは慎重な男…いや、彼の非情さはここにあると言っても過言ではないとリヴァイは思う。
「…嬉しそうだな、エルヴィン」
ただ、今はそれが何故かリヴァイの気に掠めた。彼が話す作戦の内容に異論は無い。彼がそうして彼女の力を図るのも、"全て"を見越して最善策を図るのも、自分だってきっと同じ考えに辿り着いたに違いないだろう。
エルヴィンとそう変わらない非情さを持っていると自負もしている。…そうでなければ今までこうしてやってこれなかったように思える。
「壁外調査を"楽しい"と思ったのは初めてかもしれないな」
「…調査兵団が変人の集まりだと言うのにも今なら頷ける」
団長がこれじゃあな。リヴァイはそうしてエルヴィンに背を向けたが、ドアノブに手をかけたところでピタリと動きを止めた。
「…その楽しさが次で終わらねぇことを祈ってるよ」
「……その時は、その時さ」
エルヴィンは変わらず笑っていた。…やはりそれは、リヴァイの気に掠めて止まなかった。