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「――第39回壁外遠征を行う、前進せよ!!」


一ヶ月後。前回と変わらぬ快晴の中、調査兵団はエルヴィンの声を前に、ルピを先頭に進撃した。

エルヴィンが考案した新しい陣形は長距離索敵陣形を真中に凝縮したような形で、リヴァイが言っていた通り通常陣形(全員がひとかたまりで行動する形)に近いもの。違うのは兵の並び方で、円に近い形で行動するところだろう。

なぜそのような形になったかといえば、縦に長ければ長いほどルピが察知した巨人の位置を隊全体に知らせるのに時間がかかる為だ。奇行種が現れこちらに向かってくるようならば応戦をせざるを得ないのに変わりはなく、そうすればより早くその位置、方角を知るのが必要不可欠になる。

ただ、この陣形で巨人の大群に襲われれば全滅は避けられないだろう。その危険を想定しながらエルヴィンがこの作戦を実行したのは、エルヴィンが如何に彼女の力を信頼しているかが見てとれるものだなんて、彼との付き合いが古い者はそう思っていたに違いない。


「…北東の方、恐らく奇行種がいます。…向かっては来てないですが、」

「ならば放っておこう。そのまま前進だ」


そして当の本人―ルピがその陣形を実行すると聞かされたのは、ペトラ達と話した翌日の事だった。

それを聞いた時心を占めたのは憂苦や動揺といったエモーションではなくて、信頼という名のオブリゲーション。自分のそれに皆の命運―人類の未来がかかっている。それでもそれを背負う重さよりもプラクティカルな意識の方が強かったように思う。


「あの森を右に逸れる形で進みたい。問題は無いか?」

「……左から迂回してはダメですか?右から音があるので、…そのまま進むと接触する可能性が高いです」

「一体か?」

「……二体は、確実にいます」


だからそう、ルピは前回にも増してその耳を酷使していた。ましてや今回は自身のお馬様に乗らせて頂いていて加えて沢山の"期待"を背負っているという状況に一瞬たりとも気は抜けない。
命を預けてくれた兵士達の為にも、全てを委ねてくれたエルヴィンの為にも、…自分を見つけてくれたリヴァイの為にも。


「逸れよう。少しでも兵力温存だ」


…だからかもしれない。この時ルピは、自身の身体に起こり始めた異変に気付く事が出来なかった。


 ===


「――エルヴィンさん、」

「どうした?」


そうしてあと少しで目的地、という時。


「このまま行くと囲まれそうです」

「ここまで来たらもう迂回は必要ない。応戦しよう」


街に近付くにつれ巨人の数が増えるのは毎回の事で、エルヴィンはすんなりとその言葉を口にした。

ここまで巨人と遭遇したのはたったの二回で奇行種のみ。その数字はエルヴィンが団長になってからだけでなく、きっと―いや確実に人類史上初の快挙である事は確定していた。


「迎撃班は左右一体ずつを処理」

「「はっ!」」

「正面は、」

「…あの、私行っていいですか?」


小さく手を挙げたルピに一瞬エルヴィンは驚いたような顔を向けた。巨人討伐が挙手制なんて一体どんな仕組みだなんてリヴァイは少々呆れていたが、それでも自ら率先してそれに向かおうとしている事に変わりは無くて。


「…いいだろう。但し、」

「俺も行くんだろ?エルヴィン」


暗黙の了解と言ったところだろうか。"護衛"役のリヴァイと共にルピはお馬様の速度を最高速度に上げた。




「――いいかルピ、無茶はするな」

「はい」

「平原での立体機動操作は難易度が上がるからな」


まぁ思うようにやってみろなんて、意外とリヴァイは放任主義だと思う。きっとそれは自身がその場にいるからこその言葉であって、ルピの力を信用している事もあるのだろうが。

そうして正面からユックリと確実に近づいてくるそれを視界に捉え、ルピとリヴァイは左右に割れた。チラリとリヴァイに視線を送りながら、彼からのシグナルに従う。


「……、」


その巨人はニコニコと笑いながらリヴァイの方に狙いを定めていた。ターゲットから外れ好都合。ルピはすかさずそれの後ろへ周り、失礼ながらお馬様の上へ立ってそして、


バシュッ_!


「…!」


それは、一瞬だった。リヴァイは目を疑った。何時の間に、なんてスピードじゃない。ルピが馬の上に立って数秒もしないうちに、巨人にそれをも気付かせる暇も与えず、何の迷いも無く。…そう、それは、まるで自分と同じようで。


「……悪くねぇ。いい動きだ、ルピ」

「ありがとうございます」


それが褒め言葉かどうかはさておいてルピは初めての巨人討伐に満足していたが、その時。

…ズキリ、と一つ。頭が疼くのを感じた。



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