08




「――荷馬車班はそのままルピに続け!街中では班単位で行動せよ!」

「「「はっ!!」」」


そうして周りの巨人を一掃し、エルヴィンの声の後それらはキレイに放射線状に散らばっていた。

そのままルピの周りにいれば安全といえば安全だが、街中で集団行動は命取りになりかねない。巨人は人が集まるところに寄ってくる習性を持っているからだ。
よって手厚い待遇を受けられるのは補給物資を積んだ荷馬車班のみ。遠征の目的は補給物資を拠点に残すことであって、全員が全員生きて帰るというところに重点はない。…全てはマリア奪還の為にあるのだから。


「――ルピ、よくやった」


そうして少し開けた場所に荷馬車班が誘導されて直後。エルヴィンはルピに声をかけた。いつのまにか彼女はフードを目深にかぶっていてその表情を見ることは出来なかったが、「ありがとうございます」と言うルピの声に変わりが無かったので、一つ頭に手を置くとエルヴィンは早々とその場を去って行った。

同じように称賛の声をかけてくれた荷馬車班の人達が無事平穏に補給物資を建物内に置いて行く。その姿を目に捉えながら、…ルピは少しずつその場から離れた。


「――っ、」


刹那。そのフードの下で顔を歪め、そっと頭に手を寄せる。全てが上手くいっているようにみえてそうではない。
…壁外調査を始めてから数時間。


――ルピには、ある問題が発生していた




「――…あの、すいません」

「?どうしたの?」


ルピはこっそり救援係のニファのところに来ていた。彼女はハンジ班の一員で、調査兵団に入ってからよく話すようになった優しい女の人。荷馬車班からそう離れていない場所に彼女は居て、話しかけていて何らおかしくはない状況であるのが好都合だった。


「……頭が痛いのを、抑える薬は、ないですか…?」

「頭痛がするの?大丈夫?」


そう、ルピはこの時酷い頭痛に襲われていた。ここへ来るまで集中し過ぎていた為気付かなかっただけか、巨人討伐で一瞬緩んだ気の隙をつくようにそれは始まった。時間が経つにつれ大きくなり、ズキリズキリとまるで疼くように、脳に傷を刻み込むように刺激して止まないそれ。フードを被っているのは表情にそれが出ているところを見られるのを避ける為だ。
初陣の時より酷いそれはただの疲れなどからくるものではない。耳に全神経を集中させるが為にそれは起こっているとルピは確信してしまった。…あぁ、最悪である。せっかく皆の役に立てるようになったと思った途端、特別な能力として称賛されたそれに潜んでいた落とし穴が自分自身にあるなんて、



――俺達にはお前が必要だ



あの時のリヴァイの言葉も、先ほどのエルヴィンの言葉も、そして皆の期待を潰してしまいそうで、…だからそれを二ファと二人だけの秘密にして、必死に隠したかったのに。


「――ルピ、どういうことだ」


…それはあっけなく、よりにもよって一番気付かれたく無い人に見つかるのだった。


「……、リヴァイ、さん」

「いつからだ」

「……酷くなったのは、街に入ってからです」

「、ということは最初からあったという事だな?」

「…それは、違います…」

「あの時―巨人を殺った時は」

「…………少し、だけ」


しゅん。そう、音にすればそんな感じ。全てを打ち明けたルピはまるで自身の悪態を見つけられ叱られるのを覚悟した犬のような顔をしていて、そしてそれはいつも以上にリヴァイの目に小さく映る。…先ほどの褒め言葉まで撤回なんてそんな事はしないけれど、


「……ルピ、お前の役目は何だ」

「…………巨人の位置を、把握することです…」


明らかにリヴァイは呆れた顔をしていた。それは自分への失望だと思い込んでしまっていて、発した声は思った以上に小さい。頭痛よりも心の方が痛んでいく気がしたが、


「違う。お前は分かっていない」


リヴァイはそれを取っ払うかのように強く言った。

"人類の希望"。その本当の意味をルピは分かっていない。その酷い痛みが治まらずそしてそのまま我慢し続け、いざというときにそれが機能しなくなったらどうなるのかの想定を彼女は怠ってしまっている。心配をかけたくない気持ちも分からないでもない。その期待を背負う事がどんなに重いものかもリヴァイは分かっているつもりである。
しかしそれによって全員が危険に晒され、まして戦闘になった時に自身が絶好の体調不良なんて自殺行為そのものだ。そうして命を賭せば、全てがそこで終わる。…希望は、絶望に変わる。


「忘れるな。お前のその力は"今"の為にあるんじゃない。この先の未来のためにずっと存在し続けねばならないことを」

「……はい、」

「エルヴィンには伝えておく。もう休んでろ」


あとは帰るだけだしな。まるでそれを労わるかのようにリヴァイはルピの頭を一つ撫で、去っていった。



――キミの力はその場凌ぎのものではない



以前エルヴィンに言われた事がそれに重なるようにルピの頭を過っていた。…未来を見据える。それが出来るものこそ強くなれるのだと、いつか二人に感じたそれが今ルピの心に強く響くこととなった。



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