09




あの後。ルピはリヴァイもといエルヴィンの命により、帰りは荷台で休むことを強制された。そうしていつの間にかルピは荷台で眠ってしまっていて、気づいたら壁の中に帰ってきていた。

調査兵団兵舎に戻ってきてから皆にかけられた声の中に失望や銷魂は無く、褒め称えるものや労わりの言葉ばかりで。その日の被害もルピの活躍もあって今までで一番少なかったと聞き、ルピはそれがすごく嬉しかったし同時に誇らしい気持ちになっていた。




「――やぁ〜ルピ!ご機嫌麗しゅう!」


そうしてまた部屋で一休みしていたルピは、そこに無いリヴァイの姿を探しに出てたところでハンジに会った。彼女はいつでもテンションがお高めで少し羨まし…いや、自分には真似できないといつも思う。


「(麗しゅう?)…ハンジさん、」

「お疲れ様!…しっかしルピ!本当にすごかった!思わず滾ったよ!!」

「(滾る?)…あ、ありがとうございます」

「体調は大丈夫?酷い頭痛だったって聞いたけど」

「はい、もう大丈夫です。心配掛けてすみません…」

「いいんだいいんだ!ルピは人一倍自分の体大事にしなきゃダメだからね!」


グリグリと頭を撫ぜてくれるハンジ。そういや最近皆に頭をよく撫ぜられるようになった気がする。褒められる時、挨拶の時、…ただ隣に立っているだけの時も。


「そうだルピ!今回の調査で巨人を捕獲したんだ!」

「巨人を…ですか?」

「見たい?ねぇ見たい?」


返事をする前にハンジはずるずるとルピを引きずる形で歩きだす。ハンジの目はキラキラと輝いていて、もう自分の姿などそこには映っていなかった。


 ===


そうしてルピはハンジに連れられ兵舎から少し離れた林の中にある建物に入った。そこにはハンジ班の人達がいて、ルピは一つペコリとお辞儀をするのを忘れない。

ルピの近くにそう巨人は現れない。それを上手く利用してハンジ達は今回それを実行することを目論んだ。ルピの近くで罠を準備し、ルピ達が移動した後でそこへ巨人を誘導して見事捕獲に成功したというわけである。それは確実にルピのお蔭であって、…だからハンジが滾ってしまうのも無理はない。


「十メートル級は初めてなんだ!本当ルピには感謝してるよ!」


それは全身を釘のようなもので刺されていて、四肢と首をロープでがっちりと固定されていた。床の上にだらりと座るその様はたとえそれが固定されているといえど躍動感があって、はるかに大きいそれが放つ威圧感のようなものがその場の空気に漂い続けている。

そしてそんな状況でも変わらずそれは笑っていた。グラリと動いた顔がふいにルピに向けらる。パチリと視線が交わった気がして、ルピはその瞳の奥に何かを見出そうとしたがしかしそこには何も映されていなかった。
…一体それは何を見ているのだろう。真っ暗で、逆にその中に吸い込まれてしまいそうな感覚に陥って。


「……ハンジさん、私ずっと気になってたんですけど、」

「なんだい?」

「どうして巨人は人間と同じような顔をしてるんですか?」


顔立ちは全てが全て一様とは言えない。それぞれが特徴を持っていて、そう、それは人間と同じように二つとして同じ顔を持ったモノはいない。髪も生えていて目、鼻、口、耳、おまけに眉毛だってちゃんとある。何が違うかと言われれば、大まかに見た外見ではきっとその大きさくらいしかない。
ただ中身についてはかなり差はある。体のつくりは単調で皮膚は極端に高温。知性も無い。言葉も交わす事だって出来ない。


「…何で、笑っているんでしょう」

「……ルピは初めて会った人の顔が怒っていたり、悲しい顔をしていたらどう思う?」

「…何かあったのかな、と思うくらいでしょうか」

「そうだね。…それと同じ心理じゃないかな」

「?」

「初対面なら笑っている方が好感度がいいだろう?」


いやそうだけど。…いや、そうだった。確かに自分は初めて見たそれに"好感"を抱いた。けれどそれは、自分がそれについて無知だったからで今は違う。

それらはコミュニケーションの手段を持たないからそんな顔をしているんだとハンジは言った。いや、言い切った。昔の自分ならそれを心から信じたと思うが、ルピにはそれが冗談だという事くらい分かっている。
それでもどこか納得している自分がいた。それは昔の自分を思い起こさせるのに十分で、目の前の巨体にどこか重なる影があって。


「……人を食べるのが、彼らのコミュニケーションなんでしょうか、」


そんなコミュニケーション御免被りたいが、それらなりに何かをそうして人類に訴えているのだとしたら。それでしか伝えられない事があるのだとしたら。あの頃の自分よりもそれらは十分に知性を持っていると思えた。

…あの頃の自分は、何も出来なかったから。


「……そうかもしれないね」


ハンジはそれをずっと見つめるルピの横顔を見ていた。自分と同じでそれを恐れる事無く、そして違った角度からそれを見るルピは巨人の生態調査に向いているんじゃないかなんて、…逸れた事も、思いながら。



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