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――当日


起きた時からその日の天気は良いものではなく、いつその雲の切れ間から雨粒が落ちてきてもおかしくない状況にあった。今まで快晴が続いていてもしかしたら自分晴れ女かもなんて能天気な予報はあっけなくこの日で外れて、


「――ルピ、作戦変更だ」


そうして急遽、ルピ中心の陣形が使われることとなった。途中で雨が降り煙弾が使えなくなって陣形が崩れるよりはルピの耳を使う方がいいに決まっている。ルピも素直にそう思っていた。


「すまない。…いけそうか?」


エルヴィンが最初からルピを使おうとしなかったのにはそれなりのワケがあった。今回の調査ではかなり大きな街を拠点にする目的があった為、その街中でルピの力を存分に生かす必要があったからだ。

だから少しでもルピの力を温存したいという意向があったのだが、こうなっては致し方がない。その街に着くまでに兵力を欠く事の方が痛手となる。…やはり物事は思い通りに進まないなんて、今さらな鬱屈はただ溜息として洩らすしかないのだが。


「はい、大丈夫です」


しかし、いきなりのそれにルピがうろたえる事が無かったのが救いだとエルヴィンは思う。本当に良い部下を持っただなんて心の中で呟きながら、エルヴィンは第41回壁外調査開始を宣言した。




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「――風が出てきたな…」



暫く進んで後。予想通り天候は悪くなり、…いや、悪くなる一方だった。しとしとと降りだした雨は次第に強くなり、そうしてリヴァイが呟いたように風も出だしていた。

その中でもルピはその任務をしっかり全うしていたが、荒れる天候に気が気ではなかったのも事実。進むにつれてどこか胸騒ぎがして止まなかった。


「……、」


…分からない。それはこの後雷が鳴り出すのではないかという不安から来るものなのか、この荒れた天候が何かを暗示しているのではないかという予知からくるものなのか、


「エルヴィン、このままだと視界も悪くなる一方だ」

「…もうすぐ巨大樹の森が見えてくる筈だ。そこで一旦待機しよう」


それでも今は任務の遂行が絶対でルピがさほどそれを気に留めることは無かった。冷たい雨に打たれながらの壁外調査に少し気が落ちているだけなんだと、この時は言い聞かせていた。




「――ルピ、ここで待機だ」

「はい」


そうして暫く走り、一行は巨大樹の森に到着した。班単位で互いの位置が把握できるほどの間隔(伝達が可能な範囲)を取り、天候が粗方治まるのを待つ。


「…こんな大きな木、初めて見ました」


巨大樹という名に相応しく樹高はどれも八十メートル以上ある大木のその枝の上で兵達は暫しの休息をとっていた。
この森も立派な調査兵団の拠点の一つではある。壁外調査において重要なのは"高さのある場所"。立体機動もさることながら、その身を守る為には絶好の場所となる。


「……あれ、どうしますか?」


大木を眺めていたその視線を下に落とせば、モノ欲しそうにこちらに目を向ける一体の巨人の姿があった。こうして見下ろせばなんだか彼らも可愛―いや、哀れに見える。巨人は木には、登れないのだ。


「放っておけ、後で俺が殺る」

「分かりました」

「…頭痛の方はどうだ」

「まだありません。平気です」

「そうか」


ルピの顔に嘘は無い。というより今までルピがリヴァイに嘘を付いたことなんて一度もないのではないだろうか。以前は隠そうとしただけであって、嘘を付こうとはしていなかった。現に彼女は聞けば必ず答えている。…従順だなんて、改めてリヴァイは思う。


「…雨、止みそうにないですね」

「降り続けるだろうな。今日は運が悪ィ」


どうするエルヴィン。そのリヴァイの問いかけにエルヴィンはすぐには答えなかった。


「……」


それが途中で中止されるという事があるのかさえルピは知らない。…でも、この時は少しそれを期待していたように思う。何故かは分からない。その決まりに自分が叛く事なんて、絶対に無いのに。


「…ここまで来たら街まで行こう」


エルヴィンのその言葉に、さきほどまであった胸騒ぎは何故か強くなっていた。



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