「――さて、本題に戻ろうか」
「?」
「君の事を、教えてくれるかな」
「…、はい」
そうしてルピは自分が住んでいた大よその場所、ファルクとルティルに出てきてはいけないと言われてからずっと地下の部屋にいたこと、彼らが残してくれた食べ物と水で飢えを凌んできた事を金髪の男の人に話した。
その人とお兄さんはそれをただ黙って聞いていたが、ただ話を聞いているというよりはその先に自分の中の"何か"を見越そうとしていたのかもしれない。二人の目の奥が鋭く光っているのに、ルピは気が付いていた。
「…その"二人"が君の両親か?」
「…りょうしん?」
「ファルクとルティルってのは、お前の家族じゃねぇのか」
「……そう、だと思います」
「…思う?」
リヴァイはチラリとエルヴィンの顔を盗み見たが、変わらずエルヴィンはルピを見ている。
「気付いたら、ファルクとルティルと一緒にいました。…小さい頃の記憶は、あまりありません」
「彼らは今どこに?」
「……わかりません」
「…他に知り合いや友達は?」
今まですんなりと応答していたルピは、何故かそこで口を閉ざした。エルヴィンとリヴァイは少し不審に思ったが、しかし催促するような事はせず彼女が口を開くのを待っている。
「…………」
…少しの間の後、ギュッとルピは足元にかかっていた布団を握りしめた。あぁきっとここに彼女の"過去"があって、全てがそこに詰まっているのだと二人は確信する。
「……私には、…トモダチはいません」
「「……」」
「私には、ファルクとルティルだけでした」
どうして自分が森の中に住んでいたのかはわからない。気づけば彼らとそこにいた。ずっとずっと、彼らと一緒に。
どうして皆と同じように街に住めないのか、なんて愚問は彼らにも聞こうと思ったことはない。
「…………でも、本当は、」
街に住んでいなくとも自分がそこに行けばいいだけの話であって、実際幼い頃には何度も街に遊びに行った。
「…トモダチが、欲しかった」
外でかけっこをして遊んでいる子たち、母親と洗濯物を干す子たち。誰にも笑顔が絶えなくてとても楽しそうで、そこには自分が憧れていた光景が広がっていて、あぁいつか自分もこんな風に過ごせたら、なんて、
「…でも、……誰も私と遊んではくれませんでした」
…淡い、期待だった。ルピの姿を視界に入れた彼らは途端に、表情をガラリと変えた。まるでいけないものでも見てしまったかのように、そそくさと家の中へ入っていってしまったのである。
最初はさほどそれを気にも留めていなかったが、いつしかそれが当たり前になっている事に気付いた。姿を見れば走って逃げていく子ども、静かに背を向ける大人。…それが何故かが自分には全くわからない。何か悪いことでもしたのかも、何か都合が悪いのかも。皆と自分は一体何が違うのかが、わからなかった。
「それに…お兄さんやお姉さんのように、優しい目で、見てくれませんでした」
皆揃って、冷たく"忌諱"を示すかのようなそれを自分に向けてきた。あの子に関わってはいけないと、あからさまに自分に聞こえるように言ってくる者もいた。
誰も自分に優しく接してくれない。与えられるはただ鋭い視線、冷たい言葉。…彼らの中に、いや、この街に自分は存在していなかったと言っても過言ではない。
「…ルティルとファルクだけが、私に優しくしてくれました」
そんな自分を癒す存在だったのが、彼らだ。彼らは街の人達と違って、とても自分を大切にしてくれた。彼らがいたから自分はこうして生きてこられた。だから人と関わらなくても彼らがいれば、それだけで十分だった。
…なのに。
なのに彼らはどうして、どこへいってしまったのだろう。
「…………、」
"過去"の闇を吐きだしてっきり泣き出すものだとリヴァイは思っていたが、ルピの目には悲哀も苦楚も何もなかった。耐えているのか、はたまた諦念しているのかは定かではないが、そこにリヴァイが同情心を見せる事はなかった。
「……少し、休むといい」
そう言って刹那、二人はその場を後にした。