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「――…起きたか、」

「、!」


ぼんやりと視界に入る色は薄暗く、その時間帯が闇に近いことが分かる。その中でもその姿はハッキリと目に映されていて、ルピは勢いよくその体を起こした。

そこはリヴァイの部屋で自分のベットの上で、そうして頭に巡るは数々の問い。あまり記憶がない。どこから、…それは、


「…ルピ、お前は一番やってはいけない事をした」

「……、」


すぐ脇で壁にもたれながらこちらを見下ろすリヴァイの顔はいつになく怖い。少し薄暗いからだとか、元々彼の顔はそんな顔だとか、そんな理屈通用しないくらいに。


「感情任せに行動し、自らを危険に晒した」

「……、すいません」

「あの時言ったよな。お前の命は"今"の為だけにあるのではないと」


そうして説教するリヴァイだが、ルピの気持ちが分からないワケでもない。彼女が人が喰われるところを見たのは自分が知る限りではあれが初めてで、彼女がそうしてその感情を曝け出したのもあの時が初めてだった。
ましてそれがルピに初めて出来た仲間であって、余計にその感情に障った事だって分かってる。仕方が無い。…しかし、これは仕方が無い事で終わらせていい問題ではない。


「…エルヴィンが歓迎式で言った事を覚えているか」

「…………私は、"人類の希望"だと」

「その後だ」



――我々の任務には"彼女の擁護"が義務付けられる



ルピは調査兵団に無くてはならない存在。それを失う事は人類の新たな一歩に支障をきたす。イコール、マリア奪還への道が遠のくという事。
長い年月と莫大な金、膨大な人材と物資がかかると言われているそれを賄えるのが自分であって、そう、だから自分は貴重な存在で。


「俺達はお前を守る為に存在している。それが俺達の任務であり、義務でもある」

「…、」

「自ら死に急がれては困るんだ。わかるな」

「…はい」

「お前は"特別"なんだ。その耳も、その力も…誰にもある代物じゃねぇ」

「……」

「序でだ、覚えておけ。仲間達がお前を守って命を賭したとしても、…お前にそれを悼んでいる暇は無いって事をな」


駆け寄ってはいけない。振り向いてはいけない。感情的になってはいけない。常に理性を保ち、理性で行動しなければならない。たとえどんなに仲間が目の前で殺されようとも。人類の為にその命を捧げると誓い彼らが貫き通したその意志を、自分が無駄にはしてはいけない。

――自分は、特別だから


「……、」


…でも、特別だとしても、皆と同じ調査兵団の"仲間"だ。違わない。特別でも、そうじゃない。皆と一緒で、皆と一緒に、


「本当は、…朝から、不安でした」

「……」

「胸騒ぎがずっとしてました。それが何かわからなくて、」


分かっていたら、それをエルヴィンやリヴァイに伝えていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。ポツリと言ったルピの声は小さく消えそうだった。


「…それは結果論だ、ルピ」

「…、」

「あの時こうしていればなんて、後からだから言えるものだ」


例えばそれを伝えていたとしても何かが変わったかなんて、果たして言い切れるだろうか。


「俺には分からない。…ずっとそうだ。その時の選択が正しいか正しくないかなんてな」

「…っ、」


目の前でタクを喰われた。初めて出来た仲間を喰われた。内から湧く怒り、…いや、今思えばそれは悲しみだったのかもしれない。



――仲間の為に死んでいきたい



どうしてそれが彼の最後の言葉だったのだろう。そんな言葉残さないで欲しかった。その時の彼の笑顔が頭を占めて離れない。これからも人類の為に、同志として、仲間として、…トモダチとして、ずっと一緒に、


「…だが、お前の活躍で多くの命がまた明日からこの人類の為に尽くせるようになった」


それが事実で、それが全て。よくやった、なんて。いつも以上に強く頭を撫でるその手から伝わる熱は痛いくらいに温かい。

そうしてリヴァイは誰のものともわからぬその翼をルピに渡した。分からない、信じたくない、それでも血の滲んだそれに重なるのは彼の影であって、


パタン_


リヴァイがその部屋を出ていって刹那、ルピは目頭が揺れるのを感じた。その翼を握る手が震える。喉が熱くなる。そうして内から湧くその感情の名を、自分は知らない。


「っ、――」


ルピが涙を流したのは、この時が初めてだった。



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