「――…、」
リヴァイがその部屋を出たすぐ先に、壁にもたれて立っている人物が一人。
「…どうした、エルヴィン」
「粗方仕事が落ち着いたのでな、」
彼女の行動の全ては既に彼に伝えてある。初めて出来た友達が巨人に喰われたところを見て激昂したこと、そうして奇行種を一人で何十体も殺したこと。
「……ルピの様子はどうだ?」
彼がここにいる訳もそしてその言葉の真意も彼女を労わる為ではなく、彼女の今後の活動に支障が出ることを心配しての事だとリヴァイは思っていて。そうして「悪くはない」だなんて確証も無い事実を述べる自分は、
…きっと今のエルヴィンと同じ。
「まぁ…相当まいったのは事実だろうな」
「……あまり叱ってやるなよ、リヴァイ」
「もう説教済みだ」
そうか、と一つエルヴィンは言葉を返す。エルヴィンがそれを聞かされた時、そこにあったのは呆れではなく驚きだった。
「…彼女も人の心を持っていたということが分かってよかったじゃないか」
出会ってから今まで彼女がその感情を露にしたことをエルヴィンは見たこともないし聞いたこともない。だからそう、リヴァイや自分と同じように冷徹なイメージを彼女に抱いていた者は少なくなかった。加えて従順で忠実なところを見れば、それはまるでロボットのようだなんて思われても可笑しくはなくて。
「……、そうだな」
皮肉な言い方だと思う傍で、どうもエルヴィンはルピに甘い気がして止まない。それはただ出会った頃から出来上がってしまっていたルピへのイメージが溶けきらないせいなのか、彼女が"人類の希望"だからか、
「……それともう一つ、」
「なんだ」
「朝から胸騒ぎがして止まなかったそうだ」
「…胸騒ぎ?」
兵達の中でもそれを感じる者は寧ろ多いと言っても過言ではない。ただ、それは大概今回で死ぬのではという恐怖からくるものであって、ルピの言うそれとは少し違うとリヴァイは思っている。彼女のそれがあの場所が奇行種の巣窟だという事実に対するものなのか、初めて出来た友達を失うかもしれないという事に対するものなのかは定かではないが。
…しかしそれを伝えていたとしてエルヴィンの気が変わったか、と聞かれれば、きっとそうではない事もリヴァイは重々承知している。いっ時の感情に左右されないのが彼であって、だからこうして彼は調査兵団のトップに立っているんだなんて、…改めて思ってもそれを称賛はしないが。
「…勘も働くのか」
「みたいだな」
本当に彼女は優秀な犬じゃないかなんて思いながら、フッと一つ微笑んだエルヴィン。
「益々今後が楽しみだな」
そんなエルヴィンの嬉しそうな顔を見ながら、彼女の背負うものがまた増えただなんて、リヴァイは一つ息を大袈裟に吐いた。
「…今回はまた被害が増えたんじゃねぇのか」
「そうでもない。いつも通りに収まっている」
彼女のお陰だ。エルヴィンはまた笑っていた。
「…私は本当にいい部下に恵まれた」
「飼い犬が可愛くて仕方ないって顔をしているぞ」
「そうだな。あんなに賢い犬を飼うのは初めてだ」
「……」
完全に犬扱いと化したそれが現れてからというもの、少しずつ、しかし確実に調査兵団の未来が変化しているのをリヴァイは実感している。この先の彼女の成長にエルヴィンと同じような期待を抱いているなんて決して口にはしないけれど、そうしてこれからも彼女と共にこの未来を切り開いて行くんだなんて、
「――エルヴィン団長!リヴァイ兵士長!!」
「「…!」」
…思った、その時だった。
「…どうした?」
「た、大変です…!!」
駆けて来たその兵士の声は尋常では無くて何かあったのだと刹那悟るも、…壁外調査直後であるのに一体またどんな問題が発生したのかなんて、
「結論から聞こう」
「っ、ウォルカさんが、帰還されました――!!」
エルヴィンもリヴァイも、この時だけは図る事が出来なかった。