02




コンコン_


「どうぞ」


以前一人でここに来た時よりも、自分の気持ちには余裕があったように思う。躊躇うことなくノックをし、返事の後にその扉を躊躇う事無く開ければ正面にはいつも通りの顔をしたエルヴィンがいたがしかし、


「――あら、こんにちは」


…その前隣りには、キレイな女の人が立っていた。


「……こんにちは、」


今までに会った事も見た事も無いその人はとてもキレイな笑顔で自分に挨拶をくれた。
誰だろう。いつでも楽しそうなハンジや落ち着いているナナバや愛嬌のあるペトラとはまた違うどこか妖艶な雰囲気は、今までのこの調査兵団内にも無かったように思う。

そうして少しそれに目を取られていたが、横から漂ってきたどす黒いオーラに気付いて目を向ければ苛ついた様子のリヴァイが壁にもたれかかって立っていた。どう見たって対照的な二人、そうして漂う空気の重さ。…もしかして自分来るタイミングを間違えましたでしょうか。


「どうした」

「あ、えと…エルヴィンさんに話が、」


あったんですけど。と語尾は何故か小さくなった。リヴァイのその表情が今も変わらずどうしてここに来たと言いたげで、少し呆れを含むその視線が突き刺さって止まない。何時の間にか、というより一瞬にして余裕は無くなっていて。


「ルピ、すまない。また後で話そう」

「はい、…失礼します」


そうして踵を返そうとすれば「待て」とリヴァイの命が飛んできて、ルピはピタリとその動きを止めた。


「……話は終わって無いんだが、リヴァイ」


困ったように言うエルヴィンを気にも留めずにリヴァイはズカズカと自分の方へ歩いていて「そもそも俺には関係ない」だなんて捨てるようにその場に言葉を残す。自分が来るまでに何があったのかは分からないが、それでも陰険な雰囲気を見れば宜しくない事なのは一目瞭然。


「……、」


その間もそのキレイな女の人はエルヴィンと同じようにずっとリヴァイの方を見ていたが、
…まるで渇ききった楽欲を求めるようなその目の意味を、ルピはこの時まだ知らなかった。







Beherrscher






「……あの、」

「なんだ」

「あの女の人は、」

「アイツには関わるな」


誰ですかと聞く前にピシャリとシャッターを降ろされた会話。彼の背中から漂うオーラは昨日の夜よりもはるかに怖くルピは自然と口を噤んだ。
しかし、その疑問は深まるばかり。一体何なのだろうかと、心の中で詮索しながらそうして廊下の角を曲がった、


「…!」


その時。前方に集う三人の姿を目に捉えて刹那、一つドクリと心臓が波打った。自然と足が止まる。リヴァイもそれが誰か気付いたのかチラリと自分に目を向けてきたがしかしそれは一瞬で、「俺は部屋に戻る」とだけ言ってその場を去ってしまった。


「……っ」


ドクリ、ドクリ。あの時の事がフラッシュバックする。目の前にある姿は確かに三人で、いつもそれを一歩後ろから見守っていた大きな影は目の前に浮かんでそしてユックリと消えていって、


「っあ、ルピ!」

「よぉ〜!お疲れ!」

「聞いたぜルピ〜!一日で俺の討伐数を抜くとはな!褒めて遣わす!!」


三人はいつものように自分に駆け寄ってきた。そう、本当にいつものように。その顔には疲れが垣間見えるもそれでも自分が思っていた以上の悲哀は無く、昨日の壁外調査について淡々と語っていく。
…ドクリ、ドクリ。鼓動が止まない。この場に一つ足りない影を、そうしてその原因を皆は知っているのだろうか。それを晒されるのを今か今かと怯え、しかし自ら口を割るにはタイミングが見つからなくて、ルピはただ黙って三人の会話を聞くしか出来なくて。


「――しっかしタクも災難だったよな」

「!」

「身体半分巨人の口ん中入ったんだってな、吐き気がするぜ〜」


そうして唐突にそれを話題に出したのはニッグだったが、オルオはそれに悲しむでもなく寧ろ貶すかのようにその言葉を口にしていて、ペトラも「可哀想にね」とどこか他人事のように言った。
ルピにはそれが信じられなかった。昨日の惨事を思い起こして自責の念に駆られそして命を賭した者への哀惜の念に苛まれている自分とは違ってこうして彼らが平然としていられるのは、…自分にその覚悟が足りなかったからなのだろうか。


「……、すいません」

「?何がだ?」

「タクは、…私のせいで――」


その自責の念はきっといつになっても消えない気がした。…いや、消してはいけない。自分はそれを、その翼に背負って生きていかねばならない。


「そんな事ない。タクだってそう言うよ」

「っ、でも、」

「だったら本人に聞いてみたらいいじゃねえか」


サラリと言われたその言葉の意味がルピには分からなかった。とんだ冗談。だってタクはもうここには、


「タク、今朝になってようやく意識を取り戻したらしいよ」

「…………、え?」



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