「――っ、」
調査兵団内にある救護詰所。今も忙しく人が行きかうその中で、規則正しく並べられたベッドの一つに彼はいた。
「っ、タク……!」
目頭が熱くなった。生きている。タクが生きている。身体も全て全部何もかも、タクのままの姿のタクがそこにいる。
体はまだ起こせないのか自分達に気付いた彼は顔だけをこちらに向けて微笑むと、一つ手を挙げて挨拶をくれた。
「…生きて、たんですね…!」
「おいおい勝手に殺すなよ」
オルオも噂で知っていたくらいタクは本当にその体を半分巨人に喰われていた。自分はそれを目の当たりにし、呼びかけても返ってこない声にそう思ってしまうのは必然。
それにリヴァイはその事について何も言ってくれなかった。タクが目を覚ましたのは今朝方だからリヴァイが知らないのも無理はないのだろうが、それでも病室にいるくらい言ってくれれば昨日の夜あんなに悩む必要なんて無かったのに、なんて。
「本当に、よかった…」
でも、なんかもうどうでもよくなった。「死にかけてたけどな」なんて笑って言うタクに、本当に彼は生きていると実感できたから。
…しかし、
「……すいません、私がもっと早く気づけたら、」
こんなことにはならなかった。タクが巨人に喰われる事も、そうして生死を彷徨うくらいの大怪我を負う事も。
「違う、ルピ。俺に力が無かっただけさ」
「そんなことありません、私が――」
「お前なぁ、私が私が、って結果論ばっか言ったって仕方ねぇだろ」
後ろから飛んできたオルオの声にルピが振り返ると、彼は本当に呆れたような顔をしていた。…結果論。ふとリヴァイの昨夜の言葉が脳裏に過る。
「ルピがすぐに巨人を殺したからタクは助かったんだよ」
「プラス、コイツの身体が異常に頑丈だったお陰だ」
普通だったら即死だったそうだ。自分のことなのにタクはまた笑ってそう言った。
「それに他の兵たちもルピが巨人を倒したお陰で助かってるんだぜ?」
「プラマイゼロどころか寧ろプラスなんだ。寧ろ喜ぶとこなんじゃねえのか、そこは」
――全て上手くいくなんて考えるな
壁外は、未知の世界だから。全てを上手く運ぼうとするのはただの自己満足に過ぎないのかもしれない。それは高望みなのだ。そんな奇跡が起こり得ない事を誰もが心得ているのは、きっと壁外調査の恐ろしさを知っているからこそ。悔やむのが当然で、でもそれを当然にしてはいけない。多くを望んではいけない、そう、全てを満たそうと考えてはいけない。
「悔やんだら何かが変わるのか?…悔やむ暇があったら、もっと強くなればいいんだよ」
「!」
「俺たちは、犠牲になった奴らの思いを背負って進み続けなきゃいけねえ。立ち止まっちゃいけねえんだ。巨人を討伐する事が全てだからな」
「……そう、ですよね」
「…………今のリヴァイ兵士長っぽくなかったか?」
「「全然」」
「なっ!」
「寧ろオルオにしか見えない」
「いやそれただのオルオだし」
「はぁ?!テメェら――」
「…お前らさ、俺一応怪我人なんだから安静にさせてくれねえか?」
しんみりとしていた空気をぶち壊すのがオルオは得意だと思うが、今はそれに救われた気がした。自分がすべきことは思置くことではなくそれを力の糧にして強くなること。
――お前は、俺以上に強くなれよ
…あの言葉の意味はここにあるのだろうかと、思ってルピはその拳をキュッと握りしめていた。悔しさを潰し、新たな決意を沁みこませるように。
「……、」
その顔には、もう悲しみなど見られなかった。
===
そうして数十分タクを見舞った後、ニッグと別れ、オルオとペトラと三人で兵舎内を歩いていた時。
「――そういやルピは"ウォルカ"って人、知ってるのか?」
ふいにオルオの口からそれは発せられた。
「?誰ですか?」
「…私達もよく知らないんだけど、班長達がすごく騒いでたの」
あのウォルカが帰ってきたと、まるで巨人が現れたかのような面持ちだったとオルオは言う。今兵団内はその人の噂で専らだそうだ。
班長が騒ぐくらいだからきっとリヴァイのように有名なのかもしれないが、ルピが訓練兵前に調査兵団にいた時にもそんな人はいなかったように思う。
「誰なんだろうな」
それだけの情報では何も分らないけれど、きっと"すごい人"なのだろうとペトラは言った。お目にかかるのが楽しみだ、なんて。
…この時ばかりはルピも、そんな気持ちしか持ち合わせていなかった。